17 ピアニストA | 猿腕&スワンネック変形指&不気味な形の爪のPIANIST NAMUKAのBLOG

猿腕&スワンネック変形指&不気味な形の爪のPIANIST NAMUKAのBLOG

インフルエンサーなどに楽曲や耳コピピアノアレンジを提供(HAPPYちゃん他) 耳コピアレンジやオリジナルピアノ楽曲をスワンネック変形指&猿腕ピアニストとして弾く。フジコヘミング氏のリハーサルピアニストや、漁師ピアニストの徳永さんにラカンパネラを指導。


種田先生は 





生きてて






いつも近くにいてくれた









少しでも私のなかにワカラナイ事や物があれば
すぐに電話してたし





先生が、国際コンクールの審査員をしに外国に行かなきゃ行けない期間は
毎日Faxで手紙で練習内容を書いてくれた






レッスンが無い日も、
私が個人練習をしながら、

「本当に今練習してる内容の練習のやり方は合っているのか??」

1人になると、
そんなことが普通に自分のなかで湧いてきて、
そんなときは先生にすぐさま電話をして、
電話越しでも、
自分がしていることが
合ってるのか間違えてるのか
この答え合わせをすることが出来た





私のやるべき道しるべを示し


私のやることの"こたえあわせ"をし


私のあらゆる疑問を解消し








種田先生がいれば

万能な私だったんだよ











って、おもってました



********


私は、自分のやりかたに、

やること・なすことに、

発言や表情までもに、


「本当にこの私の思考からの行動は
    あっているのか??」

そう疑念がつきまとっていた


いわゆる自信がないっていうこと




たぶん、
こんなこと考えもしない人も
たくさんいるだろうし
共感してくれる人も
意外とたくさんいるとおもう



これすべて、
自分を肯定する力が弱いからなんだよね
自分のこと、"正しいよ"って、おもえる力。


"自分"ていう存在を突き動かす"脳内の自分が、

"自分"て存在を否定的な眼差しでみてるし

攻撃的にモノを言ってくるんだよ




うざいよねこうゆうひと笑

これを脳内の自分が自分にしてんだもん




育った環境や
周りの人によって
人格がつくられるって話を前にもしたけど



しかたないことなんだよ



だけど別にそうだからって悲観することないし
悲劇のヒロインやりたいなら別だけど、
"今"から、過去おきてしまったことも
理想に想う未来も
両方爽快になれるようにしたらいい

私も不快だらけだったけど
そうしたし
そのためにこの"今"も、自己開示というなかで綴れるとこまで綴ってみてるよ
言語化してみてる。




私の場合、
結構過去のあらゆることが
こんがらがって絡まっちゃってるから
紐解けるとこまでとろうとおもって。



あまりにも、綴りたくない〜って不快なセンサーが発動するところは、もちろん書いてません
綴れるとこまで書いています★




そして前回の記事のつづき。



私はピアニストAのコンサートに行って、

やっぱり感動したんです











ピアニストAの演奏は

私にとって、理想郷。

煌びやか。



種田先生が亡くなって、
半年もたたないうちに
さらにドン底にいたけれど



高校生のときと同様、救われたんだよ





コンサート後
ピアニストAと
話せる機会に見舞われて





私はおもわず
ピアニストAの顔をみて
笑みが出たよ







「10年間。種田先生の指導を学んできたハシクレです。」






私は
偉大なるピアニストAに
そう言った







少し無言の空気になった






種田先生の死は
ピアニストAも知ってたからだよ






種田先生が亡くなったニュースは

音楽界を駆け巡ったから。





ピアニストAと話すのは



初めてだった






私が高校生の頃、"勝手に"ピアニストAに励まされたことがあった









ピアニストAの母が手記した本、
そこには、ピアニストAの、ピアノに対しての想いや、近しいひとの死があった悲しみなども綴られていた












ピアニストAは
日本音楽コンクールで最年少で優勝し
国際コンクールでも優勝し
けれど地位や名誉はそんなにがっついていない。








すごい実力と、
私がいつからか求めてる本物の演奏を、
私の理想の音楽を奏でる人。
ピアニストAさん。












「辛かったでしょ。














私のレッスンにきなさい。」






















こう言われて






















その瞬間、





時間が止まった




































種田先生が亡くなってから、
絶望的な出来事が続いてたし、
ピアノを弾く意味すらわからなくなってたし、









でも
"なにかにたすけてほしい"という心からの願いがあったんだ
























それが叶った瞬間だった


















ピアニストAは















深澤亮子先生です