コンプレックスを武器にした猿腕&スワンネック変形指PIANIST NAMUKAのBLOG

コンプレックスを武器にした猿腕&スワンネック変形指PIANIST NAMUKAのBLOG

インフルエンサーなどに楽曲や耳コピピアノアレンジを提供(HAPPYちゃん他) 耳コピアレンジやオリジナルピアノ楽曲をスワンネック変形指&猿腕ピアニストとして弾く。フジコヘミング氏のリハーサルピアニストや、漁師ピアニストの徳永さんにラカンパネラを指導。

音楽の世界は感情の世界。
近くの人に対し、どう配慮するか

長く同じ場所にいると、その空気が身体に染み込んでいく。気づけば、そこはもう自分の一部みたいな場所になっている。

近くにいる人への配慮で一番大切なのは、その人が「見えている景色」を想像することかもしれない。

長い年月をかけて、私はたくさんの瞬間をあらゆる場面で見てきた。誰かが初めて何かに挑戦する時のキラキラした目。うまくいかなくて涙した日。できるようになった瞬間の輝き。できないと言えずに黙り込んでいた背中。それらは、私だけが見てきた景色ではないけれど、でも確かに私の目に焼きついている。その一つ一つが、私という人間を作ってきた。

近くにいる人に配慮するということは、その人がどんな想いでそこに立っているのか、少しだけ立ち止まって考えることだと思う。
この人は、どんな道を歩いてここまで来たのだろう。何を大事にして、何に悩み、何を喜んできたのだろう。
見えているようで見えていないことが、たくさんある。

私はピアノの道を歩きながら、トランペットも手放さなかった。両方を専門的に学び続けてきたからこそ、見える景色がある。一つの楽器の奥深さと、異なる楽器が響き合うときの広がり。孤独に練習を重ねた夜の静けさと、誰かと音を重ねた時の温かさ。その両方を感じながら、今日も音楽と向き合っている。

近くにいる人に伝えたいのは、そんな私の「見えている景色」のことかもしれない。
押し付けるのではなく、ただ「私はこんなふうに見えています」と、そっと差し出すように。

それを受け取るかどうかは、その人に委ねるしかない。

そして、その人の見えている景色にも、同じように目を向けたい。きっと私には見えていないものが、その人には見えている。その違いを面白がり、尊重し合える関係が、信頼と呼べるものなんじゃないだろうか。

足元の花を見つめながら、ふと隣の人が見ている方角にも目を向ける。その繰り返しの中で、少しずつ、本当の意味での「信頼」という感覚が育っていく気がする。
近くにいるからこそ、見えないものがある。
近くにいるからこそ、見えるものがある。
その両方を抱えて、今日も私はここに在る。







なぜ私がA小学校吹奏楽部に
7年指導しに通っているのか

すべては、一人の恩師との縁から始まった。

私が小学生だった頃、吹奏楽部でお世話になったB先生。そのB先生が、私がピアノもトランペットも専門的に学び続け、N響首席トランペット奏者をしていたC先生の指導を受けたりもしてることを知ってくださった時、B先生はもう吹奏楽指導は引退されていたけれど、B先生は私にこう言ったんだ。

「A小学校の吹奏楽部に音楽のおもしろさを教えてあげてほしい」

A小学校は、その恩師B先生の初任の学校でもあった。当時、B先生自身がこの学校で吹奏楽を指導し、県で一番のところまで引き上げた——いわば、B先生の原点の場所。

私はその言葉に応え、外部講師として指導を始めた。あれから7年。

恩師が築いたものを、私は受け継いでいる。そして、その学校で今も音楽を教えている自分がいる。ピアノの道に進み、トランペットも手放さず、両方を専門的に学び続けてきたからこそ、今の自分がある。私は両楽器とも同じくらい好きだし、本物の、本当の音楽、そして本当の演奏を追究したいと強く思ってきた。10代の頃からだ。
その道のりがあったからこそ、この学校に呼ばれたのだと思う。

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信頼し合い、指導することの大切さ。

7年という時間は、ただの数字じゃない。子どもたちが初めて音を出した瞬間のキラキラした目。コンクールで結果が出た時の歓喜。うまくいかなくて涙する姿。その一つ一つを見てきた時間と歴史だ。

その積み重ねがあるからこそ、思う。

私はこれまでいろんな吹奏楽指導者から学び、講座なども受講し、管楽器の奥深さを身体で覚えてきた。
息の使い方、アンブシュアの微細な調整、倍音の響かせ方——それらは、長く管楽器と向き合ってきた者にしか見えない景色だ。
同時に、ピアノという楽器と向き合い続けてきた時間も、私の音楽を支えている。和声の理解、曲の構造を見通す目、そして長年ピアノと向き合ってきたからこそ掴める表現の深さ。吹奏楽コンクールやソロコンのトランペットでの学生時代に結果を残したこともその歩みの途中で出会った出来事の一つだ。
いろいろなそれらが合わさって、今の私の音楽がある。

音楽の指導で一番大切なのは、技術の伝達だけじゃない。その前に、信頼し合える関係があるかどうかだ。信頼があれば、子どもは「質問すること」ができる。信頼があれば、指導者は「もっとこうしてみよう」と寄り添える。

でも、信頼は一瞬では築けない。時間をかけ、向き合い、時にはぶつかりながら、少しずつ育っていくものだ。だからこそ、7年という時間は、私にとってかけがえのない財産だ。

そして、この信頼は子どもたちだけのものじゃない。指導者同士もまた、信頼し合える関係であっていきたいと思う。
私が長年かけて培ってきた、ピアノと管楽器、両方の知識や経験が、もっと自然に、もっと日常的に、子どもたちの音に溶け込んでいく瞬間がありたいなと思う。
一緒に音楽を作っているという感覚で、音を重ねていける時間でありたい。