ナンバースクールと言えば、旧制高等学校(帝国大学に入るための3年間の準備教育を行う学校)のうち、一高(東京)、二高(仙台)、三高(京都)など8つの旧制高校のことでした。

けれど仙台には、現在もナンバースクールと呼ばれている伝統校があります。
それは仙台一高 宮城一高
       仙台二高  仙台二華
   仙台三高  仙台三桜

伝統という見えないパワーにめっぽう弱い私(創立10年に満たない高校に通いました)は、第13回ナンバースクール定期戦があると聞いて駆けつけました。

定期戦と言ってもライブコンサート。
その様子をご覧ください。



高校生のエネルギーが音に乗って、会場の勾当台公園に響き渡っていました。(4月29日) 

さてこちらは、サンモール一番町で行進を待ちわびる人々です。(5月8日)


仙台一高・仙台二高の80回目の硬式野球定期戦を前に、両校応援団の隊列が東北大北門へ行進し、アーケード街を練り歩きます。
そして西公園で対峙しました。
それらの様子が次の写真です。

広瀬川を渡る

高下駄(足駄)


コケちゃいました


二人の応援団長


腰に手ぬぐい


PR戦
若者特有の派手でとんがった衣装やプラカードがあり、それを笑って受け止め、5月の年中行事と楽しむ大人たちがいました。

ライブと応援PR。
どちらも勝者のいない定期戦です。
伝統って良いなぁ~。

5月11日、仙台国際ハーフマラソンが行われました。


先頭集団@一番丁通り

@一番丁通り


ケヤキ並木を駆け抜ける市民ランナーたち@青葉通り


姉弟の大きな声援がビルに谺します

女性が両手を振って応援します

「みんな がんばれ」と書いた手製の旗を振りながら、お嬢ちゃんが声援を送ります

ランナーにはみなお母さんがいます。


ランナーにはお母さんもいるでしょう。


今日は母の日、みんな頑張っていました。

「荒城の月」の作詞者として有名な土井晩翠。
仙台で生まれ育った土井晩翠が、晩年暮らした家=晩翠草堂が青葉通りにあります。

本名は土井(つい)林吉。
「土井」と名乗ると、東北なまりのせいで「つい」と聞き間違えられ、毎回訂正するのが面倒なので、「どい」と呼ばせることにしたそう。


文化勲章受章者でありながら、市井の人たちとも気さくに交わった晩翠らしい簡素な家です。

そもそも晚翠という人は、頼まれて全国の小・中・高の校歌を300も作詞しました。(私が歌える校歌もありますよ)

また、モナカも好きな晚翠が近くの有名な店に立ち寄った際、「白松最中」から「白松最中」への改名を相談され、『「君代」とも「おら春」とも言うから「そうしろ、そうしろ」と勧めた』というエピソードが伝えられています。


そしてこの家は、戦災で自宅と膨大な蔵書を失った晚翠を励まそうと、教え子と市民の寄付で建てられました。

漢詩調の荒城の月と全国の児童生徒が歌う校歌
気さくな人柄の文化勲章受章者…

薫風がそよ吹く草堂で、旅行者の方々と一緒に晚翠に想いを馳せました。

蕎麦好きな友人が仙台にやってきて、10割蕎麦が食べたいと言ったら真っ先に頭に浮かぶ店、それは鹿落堂(ししおちどう)です。


10割蕎麦に天ぷらやいなり寿司、甘味も用意されていていつも賑わっています。


2025年5月撮影
食べものの投稿サイトの評価が高く、写真もコメントもたくさん。

味も店構えも上品で、器も上質です。

(2025年3月片平市民センターから撮影)

バスの上方に見えるガラス張りの建物が鹿落堂、手前に見える橋は霊屋(おたまや)橋。
その昔、鹿や猪が下りてきたことが地名の由来という鹿落坂のてっぺん近くにあり、杜の都の街並みが見晴らせます。

坂道が心配な皆さん、仙台駅前からバスで15分足らずで行けます。(最寄りのバス停は向山二丁目)

大型の飛び石の連休が始まっています。
5月の連休といえば端午の節句、端午の節句といえば鯉のぼりですが、私が街歩きをしていて見かけた鯉のぼりはここだけです。

@東二番丁幼稚園

今年も、定義さん(定義如来西方寺)近くの大倉ダムで鯉のぼりを飾るイベントがあるものの、なかなかそこまで足は延ばせません。


でも、思いがけないところで「鯉のぼり」を見かけたました。


@国分町1丁目

笑ってしまいます。
年季が入った手描きの鯉のぼりが、窓に飾られていました。
いったい何屋さん?



周囲を見回すと「きゃっち」という看板があります。
バーのようです。

好きだなぁ、こんな遊び心。
きゃっちというバーにキャッチされました(笑)。