20年前の阪神大震災で6400余命の尊い命が無くなった。その中にはたまたま神戸へ用事で立ち寄った人もある、復用事で神戸を離れて助かった人もある。つぶれた家の一家に1階で死んだ人、2階で助かった人もある。この生死を分けたのはふだんの防災訓練や避難準備でもない。
結果論であるが人智の及ばない不慮の災難に遭うか遭わないかは、一瞬の時間差や数センチの間合い差で決まることが多い。そこに・そのとき・たまたま居合わせる運命にあったと言わざるを得ない。不慮の災害を避けることは人智を超えた運命に左右されると思わざるを得ない。
人間は今を大事に無理を避けて、在るがままに自然の生活が運命を導いてくれるような気がする。