明日は隣の寺で恒例のお施餓鬼法要である。今日は午前中その準備で檀家十数名が奉仕した。故人の戒名を書いた卒塔婆に読経して僧と施主が香柴で水向供養をする。終わると墓に立て1年間供養する。
何代も前の霊は先祖代々でまとめて供養する。
これは子孫である生者が盂蘭盆に帰ってくる霊を供養するもので、生者の祈りでもある。しかし最近若い世代には解りにくい祈りでもあるようだ。
墓を守るのもお施餓鬼供養もいずれは形も内容も変わっていくだろう。
私は「千の風になってお墓に居ない」方が解りやすいように思うが、生あるうちはお施餓鬼で祈りつづけたい。
自分の霊魂は、
「千の風になって(秋川雅史)の歌詞。私のお墓の前で 泣かないでください そこに私はいません 眠ってなんかいません 千の風に 千の風になって あの大きな空を 吹きわたっています 秋には光になって 畑にふりそそぐ 冬はダイヤのように…」
この歌詞のように自由に宇宙を吹き渡りたいので、お施餓鬼供養や墓は辞退したいと考えている。