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自死遺族となって

父が自殺しました

18年間父と一緒に過ごした日々はとても素晴らしいものでした。

父からの愛情をたくさんたくさん感じていました。


しかし、父との思い出が実はあまり思い出せないのです。

楽しかった記憶までもが悲しみへとつながってしまうのです。

だからあまり思い出さないようにしていたら

思い出せなくなってしまいました。

父と過ごした日々がすべて嘘であったかのようで、

父と私(家族)が過ごした18年間をすべて否定されたような感覚に陥ってしまいます。



父のそばにいきたいとよく思います。

父に会いたくてしかたがないのです。

でも私は生きていかなくてはいけません。

生きることを諦めたくはないんです。

いつも葛藤しています。

生きることに消極的になってしまっている自分と

希望をもって積極的に生きていこうとしている自分と…
自殺によって残された家族を自死遺族といいます。


世の中の人々は自殺者数が14年連続で3万人を超えているという状況については

関心をしめすのですが、

自死遺族については

ほとんど関心はないようです。

というよりも

遺族が自殺という事実を隠す傾向があり、

遺族は何も話すことができない、しないのです。

だから遺族がどのような状況に置かれているのか表にでてくることはなく

わからないのです。

また多くの人たちは自殺をタブー視していたり、

自分に起こることとは思っていなかったりします。

私自身もそうでした。


私は何度か父のことについて

友人やお付き合いしていた男性に話したことがあります。

私がうまく伝えきれなかったこともありますが、

友人からの言葉に傷ついたり、私が深く思い悩んでいることをあまり理解してもらうことはできませんでした。

前述したような状況であったり、そのような事態を自身で経験したことがないため、

私の心情を理解することは難しく仕方のないことだと思いますが、とても悲しく虚しくなり、

私はそれ以降父のことを人に話すのはやめました。


わかちあいの場が全国各地でもたれていることは知っていますが、

一から父の自殺を自分の口から発することはとてもエネルギーのいることで

いまだにあまり足がむきません。躊躇してしまいます…
今でも父が感じていた絶望がどれほどのものだったのか

そのことを思うと

私はのうのうと生きて笑って過ごしている自分に嫌気がさします。


頭では、理性の部分ではわかっているのだけれども

どうしても気持ちがついていかないのです。

母はもういいんだよ、あなたは十分苦しんだんだからと言ってくれてはいますが…


本当に様々な感情がわいてきますね…

父に見捨てられてしまったという思い。

父にとって私はその程度の存在でしかなかったという思い。
(私の存在は父の自殺を引き留めるほどのものではなかった)

こういう思いがどんどん自分を追い込んでいってしまいます。


父の死から7年経ちましたが、

5、6年経ったあたりからやっと向き合うことができるようになりました。

正確に言うと

乗り超えることもこれから先できそうになく、

受け入れることもできないかもしれないから、

これから先死ぬまで父の自死に向き合う覚悟ができたということです。


それまでは私は大丈夫、なかったことにしよう、

そういうふうに日常生活を送っていました。

しかし、父の死から1年半後にそれにも限界がきました。