自死遺族となって -3ページ目

自死遺族となって

父が自殺しました

自死遺族は悲しむことさえも許されないのでしょうか。

堂々と涙を流し、悲しいとつらいと言ってはいけないのでしょうか。


自殺は悪いことで、やってはいけないこと…

自殺者が罪を犯した人間のように扱われ、加害者のようにみられ…


確かに1人の人間の命を殺めていることにかわりはないので、殺人ということになるのかもしれません。

しかし、父はうつ病になりながらも生きようと必死でした。

生きようと思ったからこそ絶望を感じてしまったのです。人は絶望の闇のなかでは生きていけません。


事故や病気、災害で父が亡くなっていたら堂々と悲しめたのかなと思ってしまいます。

お門違いだとわかっています。だけど、こう思わずにはいられません。

悲しいと言えなくてつらかったです。つらいです。


粗末にしてしまった命なんて1つもありません。

たまに治ることが難しい病気の方に対しての引き合いに自殺者のことをだすことがありますが、

それは違うと思います。

うつ病になり精神的に追い詰め、追い詰められ、最後に行き着くのが死なのです。

それしか自分を救える方法がなくなってしまった結果なのです。

だからむやみに引き合いには出してほしくないと思います。







iPhoneからの投稿
父が自殺をしたときに

私のそれまでの人生観、価値観は音を立てて崩れていきました。

言ってもまだ18年しか生きてはいなかったんですけどね。


人生観、価値観が変わってしまったその中でも

それが人間関係に及ぼす影響はとても大きかったです。

人はいつかは死んでしまうと漠然としか認識していなかった私は

大切な人がいなくなってしまうことがこんなにも悲しいことだとは思ってもみなかったのです。

あまりの悲しみに私は自分を守ろうとしているのだと思いますが、

もう2度とこんな思いはしたくないと強く強く思うようになっていきました。

今でもこの悲しみ、つらさを表現することはうまくできません。

大切な人がいつかいなくなってしまうんじゃないかという恐怖で

人と深く仲良くなることができなくなってしまいまいした。

怖いのです。とても。頭ではわかっていても気持ちがついていきません。


自殺ではないにしろ、大切な人がまた死んでしまったら私はもう持ちこたえることはできないと思います。
(今現時点での話です。また2,3年後もしくは5年後、いやもっともっと時間がかかって変わっているかもしれませんが)


だから恋愛も結婚も自分からしようとは全く思えないのです。

こういうこともあまり人には理解し難いようですね。

だから誰にもこのような話をすることはできません。

一番私を見てきて支えあってきた母にでさえも

悲しませたくないので話せません。

片親にさせてしまった負い目と、

これから片親になってしまったことで苦労させてしまうという母の思い。

母は私には幸せになってほしいと強く願っているからです。
いまでもこれからもずっと大好きだよ。

最愛の人。

でもねもっともっと一緒にいたかった。



父の死に顔を私は見ることができませんでした。

あまりの恐怖に負けてしまったのです。

第一発見者でもなく、その現場にもいなかったので、

私が父と会うことができたのはきれいにお棺の中におさめられた状態でした。

それでも最後の最後に火葬する前のお棺を閉めるときにすこしだけ見ることができました。

まぎれもなく父でした。

かなり変色していたらしいので、他の部分はすべて布で覆われていたため、

見ることができたのは目だけでしたけれども…



葬儀屋から父の死に場所は近く、私はそこに行こうとしたのですが、

母や現場にかけつけてくれた友人の方たちは

私を強く引き留めました。行かないほうがいいと。


父は目張りをしたお風呂場で練炭を燃やしたのですが、

警察に通報し、警察官がかけつけ(こういう場合意外と多くの警察官がくるみたいですね。10人ぐらい?)

父をお風呂場から寝室のふとんの上に移動させて

事件性がないか捜査、事情聴取をおこない、検死?解剖をするということで父は運ばれていったそうです。


父がいた部屋はそのようなあわただしく混乱したそしてあまりにもショッキングな状態のそのままになっていたそうで、

見なくていいものは見なくていいよ。と私のつらさがこれ以上にならないように私のことを思っているからこそのことでした。

でも今思うと

すべてを目の当たりにすることがなかったからこそ

私は直後に控えていた大学入試を受けることができたのだと思います。