かなしみのおと。


さっきまで豪雨だった雨音が


しとしとと、屋根から伝っているのか


小雨になったのか


部屋の中では


わからないくらいに静まり返っていた。

 雨の日の記憶は


残りやすい


何処かできいたことがあった。


私だけの人生データに基づいても、


実際そうだった。


 雨の日は、

たいてい、いい思い出がない。

それは可も不可もない。

から最低な思い出しかないのとおんなじで、


むしろ、

最難な問題と立ち向かった思い出があったとかの方が、まだ良いかもしれない

今自分は頑張っているのだと認識できるから

だからそっちのほうがいいのに。


べつにたいしたことじゃないし最低というわけでもないかもしれない。

ただ思い出すと、

ちょっと嫌な記憶、


そんな言葉にしてしまえば嫌な気持ちになる。


いや、思い出すから嫌な気持ちになる。


その当時はそうでもなかった-


例えば恋


盲目になっている

イヤな自分-


そんな記憶はぜんぶすててしまえ。


捨ててしまいたい、

と死ぬほど思った


恋は盲目だ。‐

一見冷静な立ち位置から物を言っているようにも思える、この言葉の付属語が客観視できなくなって、

自分でも何を言ってるかわからないが、


とにかく厄介だ。


こんな嫌な記憶は、

時間だけが薬であるというが


本当にどんなに嫌な記憶で渦を巻いたとしても

やがて時間が立てば、

わすれるのだ


人の記憶は薄れる。


時間が解決していくのは本当だった。

これも自分だけのデータに基づいて実証済みだった。

 多少の個人差はあるかもしれないが。-

 少なくとも、

私はなんにも解決方法もない気がした問題も

たとえば恋をした時などの忘れたい様な意味の分からない言動も、

すべて

時間が立てば色褪せていき、わすれていった。-


そんなものは、

ミルクに混ぜたオリゴ糖のように、薄れて消えていった。(どんな比喩)‐

 今思えば絶対にそんな事しない、


(あのその言葉が多いな…どうでもいいけど確かに多い癖)…

 でも、時間がすべてを忘れさせてくれるとしたなら


それは一見幸福なことに思える

が、

実は

それはとても残酷なことなのかもしれないと思った。

 


 それは楽しかったことも、嬉しかったことも



すべて 色褪せてしまうということだから



思い起こさなければきっと埋もれたまま



みえなくなってしまう


という

ことだから


そういう記憶だと


言ってしまうことだからだ。‐


 だからわたしは大切な人達の言動で嬉しかったことを、忘れないために、日記に丁寧に綴ってあったりもする。


 わたしの大切な人は、もう忘れているかもしれない、そういう、記憶

でもわたしにとってはとても大事なこと、たくさんある。


 きっとガラクタのように捨ててしまったとしたらきっと忘れていた記憶が、

片付けの時に出てきた貰い物のストラップや小物なんかで、日記などで


わたしはふと、思い出すのだった


 もう今は過去になり 思い出すこともなかったような日々を

-



 ところで、ねぇ


いま、きみはどうしてるのかな


きみも

私のことをいつか


忘れてしまうのだろうか?


もう涙も出ないよ

 


 君のいなくなった世界にわたしはずっといた


だけど これからは 


その思い出をこの胸に抱きしめて

歩いていくんだと決めた なのに

それなのにどんな選択をしても、そのどれも大して変わらない、気がしているのは


それは  


いま 目の前の世界には


きみはいないから


だから


どれを選ぼうが選ばなくともおんなじだ



なにをしても


おんなじ…‐



 ねぇ


わたしへ



描きたかった未来

 

どんな世界だったろう?



もう


ここには


だれもいない

そんな静寂に


耳が痛いな‐


このかなしみのおとは

いつかこの雨は止んでいくのかな?



 雨は晴れたように見えた空も



こんなにも嬉しくないんだ


わたしはこれからどうしたら


この空の青さに


また


心おどることができるのだろう?




いつかきっと



今度の雨では



きっと

願う 



これだけ



 君と一緒にこの雨の音が聞けたらいいのになんて



今はそれだけ


ただそれだけ


思うだけ