それは高校生の頃のことだった。


「仲良くなりたい」

と思っているクラスメイトがいた。


だけど、なかなか仲良くなれなかった。

その人のことが嫌いなわけではなく、


むしろ好意的であったのにもかかわらず、


おもしろいくらいに、全くとして


なかよくなんてなれなかった―


 それはなぜだったのだろうか…と、

 "仲良くなりたいと思う人と、仲良くなれなかった理由、


かれこれ

5年くらいはふと思い返しては


何度も考えていた。

 それは単純に気が合わなかっただけだったのかもしれない。

けれど、今になってわかった。


 私は「仲良くなりたい」と思うあまり

"自分の気持ち"をすべて

相手に合わせてしまっていたのだ。

 つまり、それは、"嫌われないように

言葉を選んでいる"


自分がいたのだ。


 だから、

いつしか自分でも わからなくなってしまっていたのだ。

自分という人間には、

はたして どういう魅力があるのか


 そもそも他の人と違う 私にしかない魅力などあるのか

わたしがわたしでいる意味があるのか、


そんなことを考えてしまうくらいに

なにもかも

わからなくなってしまっていたのだ―


「相手に好きになってもらいたい」と思いつづけること、

その気持ちは、いつしか

 

「嫌われないようにしよう」という心がけに、

変わってしまっていたのだったーーー


 それは

いつしか 


自分という人間の


"個性を"なくさせてしまっていた

のだ。ーーー

 だから自分の弱みも強みも


隠すことなく


短所も長所も自分の個性だ、と割り切って


全てをさらけ出しても


あなたの個性を 受け入れ

ありのままのあなたを面白いと言ってくれる人がきっといるのだ、


信じてほしい。―


 だから、

笑顔でいてください、

ね。


どんなときも。

できるだけでいいのだ―


 あのときの出来事には「こんな意味があったんだ」、と

きっと いつしか、わかる時がくる。―


"どんなことにも意味があって"―

そう、自分に言い聞かせていけば、

また前を向いて、歩いていける‐

私は、あのときの出来事があっていまがある気がするのだ。―

― 

-

私は わたしという人間にしかなれないのだから

私らしく生きていけばいい


「私らしく」とは なにか

わからなくなったら


周りに合わせるばかりのことはやめにして

まずは 私を大切にする


 そして

自分を 喜ばせるためのことをする―

 たとえばそれは

ふとした思いつきで 気になる映画を一本見に行くことでも

美味しいお菓子を爆買いしてみることでも


週末にカラオケへ2時間程行くことでもいい


好きな服をワンシーズン分 大人買いすることでもいいし

好きなドラマや映画を思う存分、休みの日のすべて1日中観ることでもいい‐

なんでもいいのだ。‐


 ただ あなたがあなたを大切にして


あなたを大事にすることが


できたなら


それが

自身を より 輝かせてくれるのだ、


と思うのです。-

駅を出て

街を 歩く人々

彼等は

皆、似たようなニンゲンに見えて


みな違う



それでいい


きっとそれぞれの心の中には

外からは見えない

それぞれの 大切な何かを抱えて

みな、生きている‐



みな違うから、

それがいいんだ