毎日、
どこに向かって生きているの
どこに向かえば いいの
どうしたら いいの
何をすれば 私は変われるの?
幸せになるには どうしたらいい?
私はいつになったら変われるのだろうーーー
なにをもって
幸せになれるのだろう
―永遠に 苦しみのない世界なんて
それが 幸せだ、と気づくことが
できやしないじゃないか―
私は苦しみや 悲しみを超えて
あの時よりは ずいぶんと成長もした
そんな気がする
今のほうが
イマを楽しめているんじゃないかと思う
なにかに期待しては 裏切られたように思えて
落ち込んでいたこともある
でもね、
なにかに期待することは 自分の自由
だけど、
そこに他人が応えなければならないという
相手への不自由をあたえてはならないんだ
相手に期待すること
それは勝手なことだ
それを強要すれば自分勝手な人間のように思えてしまうだろう
だから 他人に期待はしない
そして その逆も然りだ
私は他人の期待に応えるつもりはない
そんな義務は感じる必要もない
私が思うがままに生きたらいいのだ
と思う。
他人もまた、思うがままに生きている―
自分をまずは大切にして
自分の道を 自分が思うように
歩めば いつか見えてくる
その先の道
どちらに行くか
迷っても
その答えは
2つの分かれ道の中にしかないわけじゃないと思うのだ。
正解は
自分が信じた道だ
たとえそれが どんなに
茨の道であろうとも
雨が降っても いつか晴れた空がやってくるように
その先に 晴れた空が待っている
と信じて
進むだけなんだ。ーーー
間違いかどうかなんて
考えて足踏みしている暇はない
正解がどれかなんて 悩んでも 出せる答えは私の中にだけある
だから進んでいく
進める
進め
私の人生を
しあわせにする
たのしむために
志のために
生きていきたいんだ
ーーー
今がある限り
今に感謝したい
今 生きている
この屋根のある
快適な温度帯の部屋で暮らせる幸せは
わたしたちはすぐ忘れてしまう
もうすでに与えられているしあわせは
気付き難い
当たり前と思っていたことも
本当は感謝できる事なのだ
と
よく聞くけれど
自分が腑に落ちないとほんとうにはわからない気がする―
だからこそわたしたちは
思い出して
感謝する
今ある暮らしのなかの
美味しいご飯を食べれるしあわせ
快適に眠れる場所があるしあわせ
ぼーっとできる
テレビを自由に見られる
そんなしあわせを
その大切さを
忘れないでいたい
覚えておきたい
と
そう思われないでしょうか?