一つ前の投稿の続きです。

心霊治療家の女性の質問に答えている
シルバーバーチの言葉がつづきます。


「肉体は治った。
続いて魂の方と言うことになるべきところですが、そこから進化と言う要素が絡んできます。
魂がそれを受け入れる段階まで進化していなければ無駄です。
しかし、たとえ全面的に受け入れてもらえなくても、何の努力もせずにいるよりは何とか努力してみる方が大切です。
それは私たちすべてがとるべき態度です。
ともかく、手を出し差し伸べてあげるのです。
受け入れてくれるかどうか別問題として、とにかく手を差し伸べてあげることです。
努力の全てが報われることを期待してはなりません。」
期待はついしてしまいがちです。
思いはそこではないのですね看板持ち

霊媒の女性が遠隔治療によって本人の知らないうちに治してあげている事について「本人に教えてあげるべきだと思うのです。

それはつまり契機として自分が神の子であることを知るべきだと考えるのですが私の考えは正しいでしょうか」と言う質問に対して


シルバーバーチは


「理屈の上では正しい事です。が、とりあえずあなたの治療行為が成功したことに満足し、そのことを感謝し、同時にその結果としてその人の魂を目覚めさせてあげるところまでいかなかったことを残念に思いに留めておきましょう。


大切なのはまず病気を治してあげることです。

その上に魂まで目覚めさせてあげる事はなおいっそう大切なことですが、一方は成就できても他方は成就できない条件の下では、その一方だけでも成就して後は時が解決してくれるのを待ちましょう。

魂にその準備ができるまではそれ以上のものは望めないからです。


魂を目覚めさせる事までいかなかったことを残念に思う。

ヒーラーとしては、それはよくある事で、

それでも時には「自分に目覚めた」と言われる事があったり、魂レベルの小さな響きとなったという褒美の言葉を貰えることは嬉しい照れ






物的存在物はいつかは朽ち果て、地球を構成するチリの中に吸収されてしまいます。
と言う事は物的野心、欲望、富の蓄積は何の意味も持たないと言うことです。
一方あなたと言う存在は死後も霊的存在として存続します。
あなたにとっての本当の富はその本性の中に蓄積されたものであり、あなたの価値はそれ以上のものではなくそれ以下のものでもありません。
そのことこそ地上生活において学ぶべき教訓であり、そのことを学んだ人は神の自分を見出したと言う意味において、賢明なる人間であり自分を見出したと言う事は神を見出したと言うことになりましょう。

私にはしてあげたくてもしてあげられないことがたくさんあるのです。
皆さんの日常生活での出来事にいちいち干渉できないのです。
原因と結果の法則の働きをコントロールすることはできないのです。
またあなた方地上の人間は大切だと考え、私は下らぬこととみなしている事柄が心に重くのしかかっていることがありますが、その窮状を聞かされても、私はそれに同情するわけにはいかないのです。

もしも人生に理想とすべきもの、気持ちを駆り立てるもの、魂を鼓舞するものがなかったら、もしも目指すべき頂上がなかったら、もしも自分の最善のものを注ぎ込みたくなるものがなかったら、人生は全く意味がなくなります。
もしそうしたものはないとしたら人間は地中でまたくる虫けらと大差ないことになります。

一つ前の投稿の続きになります。



質問者

「若くして他界した場合はどうなるのでしょうか。これには2つのケースがあると思うのです。

1つはもしそれがその人の寿命であればそれまでに霊的に既に他界する準備ができていた場合。

もう一つは死後その埋め合わせのために、物質界との接触を通じて進化を得る場合です。」



シルバーバーチ

「ご質問に対する答えは古くからある恐怖の輪廻転生思想と私の説くを再生説すなわち前回の地上生活の不足分を補うために地上のどこかに誕生すると言う、この2つの説のうちどちらかをお選びください。

あなたが気に入られた方をおとりになればよろしい。

(中略)しかし矛盾を恐れずに申し上げれば神は完全であるゆえに摂理も完全です。



この本のこの部分では、訳者の近藤氏は

知識は持ち合わせていないといいながら、

神は完全という矛盾について氏の解釈を注釈で述べておられますが、

私が思うのは、

このシルバーバーチがいう「我々」はシルバーバーチなど高級霊達の話しで、

「神」とは別に分けているのでは?と。

もちろん私はその場にいないし、原文を理解していないので、あくまで、この本を読んで、の印象ですけど照れ



もしそうでなかったら地上に生まれてくることもないでしょう。
宇宙の生命の大機構の中にあって、この地球もそれなりの役割があります。
地上は保育所です。訓練所です。
いろんなことを学ぶ学校です。身支度をする場です。
潜在しているの才能が最初に芽を出す場であり、それを人生の荒波の中で試してみる場所です。
そうした奮闘の中で初めて真の個性が形成されるのです。
闘争もなく反抗なく困難もなく、難問もないようでは霊は成長しません。
進化しません。

奮闘努力が最高の資質、最良の資質、最大の資質、最も深層にある資質を掘り起こすのです
この人生の中で真の個性が生まれることが大切なのですね。

楽しむことが生きる目的、とは少し違うようですよ爆笑

満腔の信頼、決然とした信念、冷静さ、そして自信ーこうしたものは霊的知識が生まれるものであり、これさえあれば日々の生活体験を精神的並びに霊的成長を探す手段として活用していく条件としては十分です。
地上を去ってこちらへお出になればさんざん気を揉んだ事柄が実は何でもないことばかりだったと知ります。
そして本当にためになっているのは霊性を増すことになった苦しい体験である事に気付かれる事でしょう