祈りは、魂の憧憬を高め、決意をより強固にするための刺激、これから訪れる様々な戦いに打ち勝つために守りを固める手段です。
何に向かって祈るか、いかに祈るかは本人の魂の成長度と、全生命の背後の力についての理解の仕方に関わってくる問題です。
時折皆さんは自分の魂にとって為にならないもの、進化を遅らせることになるものを要求されます。
それは叶えてあげるわけにはいきません。
又時折それを手にするだけの十分な努力をしていないものを要求されます。
それも与えられません。
そして時にはそれを手にする用意のできたものを要求されます。
それは、ここという好機をみて与えられます。
このように皆さんが心に抱く祈りは、口に出さずとも神は先刻ご承知なのです。
霊の側では人間側がどういう祈りをするかを待つ必要はありません。
なぜならば祈りの本質そのものが、その波長の感応する界層の単数又は複数の霊の即座に呼び寄せるからです。
それも魂の進化の程度によって自然に決まる事です。
祈りとは魂の表現です。
具体的に言えば、祈りとは光明あるいは導きを叫び求める魂の止むに止まれぬ切望です。
その切望そのものが自動的に扶助を呼び寄せます。
なぜならその思念の威力が稼働し始めるからです。
それが回答を呼び寄せる原因であり、回答が結果です。
あなたが完全に近づけば近づくほど、完全な法則がより多く、あなたを通して顕現することになります。
こう考えるとよろしい。
光と鏡があって、鏡が光を反射している。
鏡が粗末であれば光のすべてを反射することができない。
その鏡を磨いて、立派なものにすれば、それだけ多くの光を反射するようになります。
すべての存在を超えた神と言う存在を、あなた方人間が理解できないのは当然です。
しかし人間も魂を開発することによって、一言も語らずとも、魂の静寂の中にあって、その神と直接の交わりを持つことができるのです。
その時は神とあなたとが一体であることを悟られます。
それは言葉では言い表せない体験です。
あなたの、そして宇宙のすべての魂の静寂の中においてのみ味わえるものです。

