もしも霧(心の迷い)によってそれがぼやけて、よく見えなくなった時は、いったん足を止めることです。
ただの霧ですから、そのうち晴れてまた辿るべき道が見えてきます。
雲に遮られている時でも太陽は照り輝いているのです。
私の申し上げることに真理の刻印が押してありさえすれば、私と言う人物が地上で大変高い地位にあったものか、卑しい身の上のものであったかどうかはどうでも良いことではないでしょうか。
名前、権威、書物、そんなものはもうどうでもよろしい。
私が訴えるのは理性のみです。
私は時折、"霊界からの高等な教え"とやらばかりを欲しがって、自分は隣人、同胞のために、何一つ役に立つことをしてない人たちに、嫌気が差すことがあります。
教えに高等も低級もありません。
成長するにつれて、神の摂理の働きを深く理解していくのです。

