からの続き。
前回投稿記事での問いを
自身に投げかけ。
いろいろと答えを探し
彷徨った過去時期も、
解ったつもりでいた時期もありましたが、
今となると
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正直わかりません。
えっ!ってズッコケた方ごめんなさい。。
この心臓が
最後の鼓動を打つ瞬間に
もしかしたらわかるのかもしれないし、
ある日確信するかもしれないし、
(マジか?!!って位
とんでもない とてつもないこと
掲げ出したりして。笑)
結局わからず、ただただ
感謝の想いで逝くかもしれない。
どうであれ、いいと思っています。^_^
客観的に見られて、
そう思えるようになったのも、
悩んだ一時期があったからであり
出逢えた方々に感謝しております。
ありがとうございます。
いろんな経験をして、
むしろ
肩の力が抜け 当時の囚われなく
生きている今が
現在の私には自然なのでしょう。
どんな私であれ
今を生きる私
この心臓・ハートに
温かなパワーを与えてきてくださった方々に
心より感謝の気持ちと共に
私でやれること
私だからやれることを
あと、
これも本当に人それぞれですが、
どうあがいたとしても
誰よりも一番本人がわかっている
何よりも一番心が動くこと
即ち
魂が求め揺り動かされる
生きがいであることを
(決して、これは執着というものではなく、
自身の命を軽んじず全うするに
必要不可欠な根源であると気付かされたから)
今後していけたらと。
入院数日前に、
ほんの少しでもと 足を運んだ場で
目に留まったお花。
紫色が好きというのもあるのですが、
私は青い花がもつストーリーが
昔から好きなのでしょうね。
青いカーネーション
ムーンダストの花言葉は、
「永遠の幸福」。
魂に関しては
永遠であるのだろうと思っていますが、
(温かな思い出も ある意味永遠)
この身に関しては
永遠では無く。
自身の経験上、
生=幸福
死=不幸
といった、
単純なものでもありません。
ただ、
これだけは言えるのは
もし、現在闘病中の人で、
自分が生きている意味などあるのだろうかと
心によぎってしまったり
その思いが長く占めてしまう程の日々だったら、
たとえどんな状態であろうと、
あなたが生きてくれていて
ただ同じ時を過ごせているだけで
それだけで心温かくなっている人
きっと居ますよ。
前回の記事での
温かな「ありがとう」から、
手術を受ける決断をした時の
心友の言葉を思い出し。
生きること
生きていること
それだけで
互いにありがとう。
ハートが温かく穏やかに
共に居られる
ただ それだけが
何よりも
かけがえのないひと時だったりするものです。
想っていても
口に出せない人はいますから。
勿論、言葉ではないもので
伝わることもあると思います。
でも、
生きている内に 言葉でも
伝えられたらいいですね。
「生きていてくれて、ありがとう。」
ではまた。
亞希
P.S.
猛暑に台風時期で、
通院されている方、移動一つとっても
体力消耗する時あるでしょうから
どうぞご自愛くださいね🍀






