“Magic Beat, Magic Life” 鼓動と共に 亞希のブログ -30ページ目

“Magic Beat, Magic Life” 鼓動と共に 亞希のブログ

先天性心臓疾患により手術繰り返すも 命の鼓動を打ち繋げてきています

一歩前へ踏み出したい時
心ほっこり癒されたい時

パーカッション・筆文字・言葉から溢れる Beat (鼓動 / リズム)を通じて HeartにMagicを そして Magicな(魅力的な / 素晴らしい)人生を

からの続き。

 

前回投稿記事での問いを

自身に投げかけ。

 

 

いろいろと答えを探し

彷徨った過去時期も、

解ったつもりでいた時期もありましたが、

 

今となると

 

 

 

 

 

 

 

 

正直わかりません。

 

えっ!ってズッコケた方ごめんなさい。。

 

 

 

 

この心臓が

最後の鼓動を打つ瞬間に

もしかしたらわかるのかもしれないし、

 

ある日確信するかもしれないし、

(マジか?!!って位

とんでもない とてつもないこと

掲げ出したりして。笑)

 

結局わからず、ただただ

感謝の想いで逝くかもしれない。

 

 

どうであれ、いいと思っています。^_^

 

 

客観的に見られて、

そう思えるようになったのも、

悩んだ一時期があったからであり

出逢えた方々に感謝しております。

ありがとうございます。

 

 

いろんな経験をして、

むしろ

肩の力が抜け 当時の囚われなく

生きている今が

現在の私には自然なのでしょう。

 

 

 

どんな私であれ

今を生きる私

この心臓・ハートに

 

温かなパワーを与えてきてくださった方々に

心より感謝の気持ちと共に

 

私でやれること

私だからやれることを

 

 

あと、

これも本当に人それぞれですが、

 

どうあがいたとしても

誰よりも一番本人がわかっている

何よりも一番心が動くこと

即ち

 

 

魂が求め揺り動かされる

 

 

生きがいであることを

(決して、これは執着というものではなく、

自身の命を軽んじず全うするに

必要不可欠な根源であると気付かされたから)

 

今後していけたらと。

 

 

 

 

 

入院数日前に、

ほんの少しでもと 足を運んだ場で

目に留まったお花。

 

紫色が好きというのもあるのですが、

私は青い花がもつストーリーが

昔から好きなのでしょうね。

過去ブログ記事『青い薔薇』


 

 

青いカーネーション

ムーンダストの花言葉は、

 

「永遠の幸福」。

 

 

魂に関しては

永遠であるのだろうと思っていますが、

(温かな思い出も ある意味永遠)

 

この身に関しては

永遠では無く。

 

 

自身の経験上、

 

生=幸福

死=不幸

 

といった、

単純なものでもありません。

 

 

ただ、

これだけは言えるのは

 

もし、現在闘病中の人で、

 

自分が生きている意味などあるのだろうかと

心によぎってしまったり

その思いが長く占めてしまう程の日々だったら、

 

たとえどんな状態であろうと、

 

あなたが生きてくれていて

ただ同じ時を過ごせているだけで

それだけで心温かくなっている人

きっと居ますよ。

 

 

 

前回の記事での

温かな「ありがとう」から、

 

手術を受ける決断をした時の

心友の言葉を思い出し。

 

 

 

 

生きること

生きていること

 

それだけで

互いにありがとう。

 

 

 

 

ハートが温かく穏やかに

共に居られる

 

ただ それだけが

 

何よりも

かけがえのないひと時だったりするものです。

 

 

想っていても

口に出せない人はいますから。

勿論、言葉ではないもので

伝わることもあると思います。

 

でも、

生きている内に 言葉でも

伝えられたらいいですね。

 

 

 

「生きていてくれて、ありがとう。」

 

 

 

 

 

ではまた。

亞希

 

 

 

P.S.

猛暑に台風時期で、

通院されている方、移動一つとっても

体力消耗する時あるでしょうから

どうぞご自愛くださいね🍀

以前、

音楽療法士さんのサポートをしていた時、

 

半身不随になり、これまでのように

包丁が握れなくなり

お仕事ができなくなってしまった

元板前さんの方がいらっしゃいました。

 

その方には心理的な面も考慮しながら

対応されているというお話を覚えています。

 

当時は、

自分が反対の立場になったらと

その喪失感を想像の範囲では

理解しているつもりでしたが、

 

当事者にしか

その悲しみや苦しみはやはり

本当にはわからないのだと。

 

 

魂込めて取り組んでいたこと

それを通じて

誰かに喜んでもらえたり

生きがいそのものだったことを失う。

 

 

実際我が身に起きてみると、

生きる屍のような状態になり。
『医療を受けるにあたって、一番大切なこと②』①の続き。  前回①の記事での問いに対して。 私の経験から答えるなら、命関わる手術と同じ位 むしろ、それ以上にしっかり考えた方がよいです。   これまでの心臓…リンクameblo.jp

 

 

今となって、その方は

どんな思いで現状を ご自身の状態を

受け止めていらっしゃったのか…

胸が張り裂けそうになります。

 

 

これまで幾度と

大きな心臓手術・苦しい入院生活、

大動脈解離での緊急搬送等乗り越え、

 

日々の身体的苦痛もどんな辛いことも

乗り切っていますが、

 

ここ何年間

一番乗り越えるのが難しく苦しかったのが、

以前のようにはいかない状態になった

 

"何もできない、ただ生きているだけの自分"

 

であったようです。

 

 

 

闘病されていて、

特に救ってきてもらった経験のある方は

 

恩返しできない状態の自分に

もどかしさや悔しさ悲しさ等、

 

誰にも吐露できない

本人にしかわからない思いが

ある方もいらっしゃるでしょう。

 

 

先天性疾患であると、生まれてから長いこと

いつも周りに迷惑をかけてしまってきていると

思い込んでしまっている方もいらっしゃるかもしれません。

 

ただ生きてるだけで申し訳ないと。

 

 

私は、大手術後に起きた

明朝の大量出血再手術後のICUで

"ある経験"をしたので、

 

「生きてさえいれば、息さえしていればいい」

 

といった旨を

私の口からは言えないところはあります。

(これについては、

文字だけでは 到底表現できないので、

いずれ 改めて動画でお話いたします)

 

 

 

でも、

 

どういった状態であろうと、

 

 

「生きていてくれて ありがとう」

 

 

と仰ってくださる方、

思ってくださる方がいらっしゃるのです。

 

 

 

先日の

心臓が動き続けてくれているのは

ー "人は医学的処置のみにて、生きるにあらず” ー

医療を受けるにあたって、一番大切なこと

既読後に、 SNSの方にも

温かなコメント・メッセージをよせてくださった方々、

こちらの方がありがとうなのに、

 

何もできていない生きているだけの私への

その お言葉に、

 

涙が溢れ出し止まりませんでした。

 

 

 

本人にはわからないことって

あるものなのです。

 

 

 

「ありがとう」に

「ありがとう」と、

 

生きることで

ありがとうが

循環していくのでしょうね。

 

 

 

 

 

人生いろいろ、人それぞれ。

 

生きてる意味や使命を見出して

日々取り組み生きていらっしゃる方も、

そういったことに全く拘らず

日々目の前の事を取り組み生きていらっしゃる方も

 

私はどちらの方にも

同じく敬意を抱くことに

何ら変わりありません。

 

 

人それぞれで敢えて言うなら、

他の誰からどうこうではなく

意味や使命云々でもなく、

 

生死と関わる人生を振り帰って思うに、

 

 

ただ、"生ききること"

そのものが

 

誰かにとっては

与えられたものでもあるのでしょう。

 

 

 

 

 

では、

私自身はどうなのか。

 

― 以下投稿へ続く。

 

 

 

 

 

 

私の分身、筆文字魔女っ子Akiちゃん。

Loveの象徴・イメージとしてハートを用いてましたが、

私にとっては

Love=心臓 そのものなのかもしれません。

の続き。

 

 

今回の

太腿筋膜を腹部に移植する手術に関しては、

結果、あちらで受けるのを やめて正解でした。

 

一昨日退院した後、

少しブラついて帰ろうかと思ったのですが、

思い直し。

 

 

次を、前を見ていく。

 

 

直ぐに調べ始め、

 

こんな偶然があるのか

それとも必然だったのか

 

丁度その曜日のみ

該当科診療受付している病院があり、

 

休む暇なく、退院したその足で向かい

精密検査を受けて診てもらったところ、、

 

この手術を受けるにあたって

本人把握できていなかった

私の体特有の様々な問題点・悪化箇所が発覚。

 

 

これまでの術歴や

先天性難病ゆえの脆弱組織等、

特殊な患者例となるので、

 

周辺組織傷ついた場合の危険性に対して、

今回もし受けていたら

安全面で足りていなかった、

(恐ろしや…)

 

手術受けるにあたっての

病院側が前もって準備体制する必要項目内容・

アドバイス等いただきました。感謝

 

 

あえて手術をしない選択をし

腹帯をしていくのみもあるのですが、

 

脆弱組織が髄液圧に耐えられず

仙骨部中心に

硬膜拡張症も併発している為、

 

腹帯ほんの短い時間でも

頭痛や足の感覚失ったり痺れが生じ

かなり苦しく。

 

 

元々は手術付き添い予定で

仕事休みとって来てくれていた家族が、

結果、大事な話を

一緒に聞くことができたのはよかったです。

 

 

毎回多くの問題を抱えながら、

やるにしてもやらないにしても

双方の方向性を整理していき、

 

最後の最後は、

自身で決断しなくてはならない。

心身共に困憊過程の中、

 

私の想い・決断を尊重し

傍に居てくれる

 

入院初日のブログ

 ー "人は医学的処置のみで生きるにあらず” ー」

での

家族同然の心友や、

 

家族の存在は有難いものです。

 

遠くから見守り祈ってくださる方にも

ただただ感謝しかありません。

 

 

image

入院初日、始発新幹線移動や、

 

点滴・一日2回の採血では

針がなかなか入らなくて

何度も注射の嵐でグッタリにも関わらず、

 

ほぼ寝れませんでした。

 

安心して眠れない要素がある入院生活は、

手術を控えた体にも

よいことではないので、

 

モヤモヤを抱えている人は

極力、解消へ向かう流れになることを

願っております。

 

 

 

やめてよかった手術もあれば

やってよかった手術もあるものです。

 

私の場合、

これまでの心臓血管手術に関しては、

大手術が多く

物凄く身体的に大変で。。

 

 

でも、

やってよかったです。

 

 

やってなければ

既にこの世には居なく

今、

こうしてブログを書けていなかったでしょうし。

 

 

手術をやめるか悩むのは

あの地獄を二度と経験したくないという

理由が主で、

(下半身不随リスクの時は、

今までとは違う恐怖で悩みましたが)

 

医療を受けるにあたって、一番大切にしている

 

"医師との信頼関係" 

 

これまで幾度と

心臓血管手術してきてくださっている

 

医師への信頼関係の揺らぎで

悩んだということは一度も無いです。

 

 

もしかしたら、

信頼しているのかできていないのか

自分でも良くわからないという人

居るかもしれませんね。

 

 

”信頼してお願いできる”とは

 

つまりは、

一体どういうことなのかは

こちらにて。
「医療を受けるにあたって、一番大切なこと①」

 

 

 

あと、

 

最初から、または

ある時期、ある出来事から、

その先生の前で

表情がこわばってしまっていたり、

作り笑い、愛想笑いしかできなかったりはありますか?

 

 

人それぞれですが、

 

私は信頼する先生とだと、

心からよく笑い合っています。

 

診察室や入院中の回診時等、

多々問題抱えている患者とは誰も思わない位

先生との時間は楽しくて

お互いに笑顔笑い声絶えないですね。

 

 

勿論、真剣な話の時は

しっかり聞いてくださいます。

 

信頼する先生に共通しているのは、

 

ほんのちょっとした

何気無い行動一つからも

お人柄が物語りますし、

 

言葉無くとも

患者に対しての 目の前の人に対しての

真摯な眼に表れます。

 

 

 

手術そのものではなく

医師との関係で

今悩んでらっしゃる人が居たら、

 

ハートを開ける

信頼関係が築けますように🍀

 

 

あ、心臓関係は実際開かれちゃうので、

心身共に、安心して

開ける先生だといいですね!^_^

 

 

それではまた☆

 

 

この「また」ができる

命を繋げてきてくださったことに

心より感謝を込めて

 

亞希

 

 

 

P.S.動画お休み中ですが

また元気な姿見せられますよう

お待ちいただけたら幸いです