“Magic Beat, Magic Life” 鼓動と共に 亞希のブログ -29ページ目

“Magic Beat, Magic Life” 鼓動と共に 亞希のブログ

先天性心臓疾患により手術繰り返すも 命の鼓動を打ち繋げてきています

一歩前へ踏み出したい時
心ほっこり癒されたい時

パーカッション・筆文字・言葉から溢れる Beat (鼓動 / リズム)を通じて HeartにMagicを そして Magicな(魅力的な / 素晴らしい)人生を

連休いかがお過ごしでしたか。

夏を感じることが増えてくる時期ですね。

 

 

初日に見た花火。

image

自宅の窓から見えるのって、

考えてみたら

凄く有難いなぁと。

 

 

花火って、

総合芸術ですね。

 

漆黒の空をキャンバスに

多色単色使い分けのタイミング

空間

 

日本独自の"間"

 

儚さの美が

この何秒に凝縮されてるわ…

 

 

日本人が愛する

桜との共通点を感じます。

 

桜満開や

打ち上がり開いた瞬間も

とても美しいですが、

 

花びらが散りゆくかの様

風揺れる枝垂れ桜かの様

 

諸行無常であるからこその美しさに

見惚れ聴き惚れるばかりです。

 

 

 

 

県内最大級の正三尺玉。

 

打ちあがった瞬間の

胸に響く迫力は

現地での体感に勝るものは無しなので。

 

人生において

全く同じ瞬間というものは二度と無い訳で、

じっくり体感したく

打ち上がり後になってしまいましたが、

 

先程書いた様な

諸行無常の美しさだけでも

もしよろしければ。

 

煌びやかに消えていく光は

まるで、

それぞれに美しく生き抜いた

魂かのようですね。

 

 

 
 
 
 
最近は特に
何をするにも見るにも
みんな撮ってばかりの世の中で。
一緒にいる人がいつもそれだったら
結構引くのは私だけ(?_?;)
 
 
”写真を撮ることが目的となってしまい、
実際に体験したことが記憶に残らない”
 
という心理学者の研究結果も
一理あるなと。

 

 

入院中苦しい時に

救ってくれた富士山。

 

 

それだけではなく、

丁度その2010年入院時は

月と金星が大接近の宙でした。

 

当時入院していた病院は

大きく見晴らしの良い窓や

ベランダがあったりで、

 

同室の人達と一緒に、

綺麗だね〜✨

とお互い呟きながら、

夜空に輝く月と金星を眺めていました。

 

 

あの富士山も、月と星も

写真には残っていませんが、

 

しっかり心のシャッターで切られた

美しい風景は

むしろずっと色褪せず

ハートに残っているものです。

 

 

記憶は脳という一般認識ですが、

心臓移植後の記憶転移は

実際にあるとのこと。

 

二度とない瞬間を味わう ひと時も

大切に残してくれてる ハートにも

 

感謝と共に

大事にして生きていきたいですね。

 

 

 

ではまた☆

 

亞希

 

4年前に一度お会いした方が

有難いことに該当科相談出来る方だったので、

早速先日ご予定お尋ねしたところ、

 

14日可能とのことで行ってきました。

長時間運転同伴してくれた心友に感謝。

 

 

 

大動脈手術後の当時はまさか、

助骨手術でドン底なったり

術後合併症で腹壁瘢痕ヘルニアなるとは

予期もしておらず。

 

人生不思議なもので、

またこれ以上無いタイミングで

再会させてもらえたのだなぁと。

 

 

そして、はっきりしたのは、

先月の手術、安全面で病院側準備対応足りず

あるべき必要事項を又更に知り、

止めてホント正解だったこと。

 

一般の人と私とでは

どれだけリスク面に差があるか等も

今一度、的確な見解で伝えて下さり。

 

 

今回は一歩前進して、

手術する場合だけでなく、しない場合、

双方からの

アプローチ/アドバイスも聞きに。

 

しない場合、

どう対応していくかの

体との向き合い方使い方も

受けてきました。

 

 

4年前の投稿を読んで気付いたのが、

前回とは違うカタチでなのですけど

ある意味同様のことが。

 

 

 

その"何か"は、

その先、その奥にある

 

もっと深い

"何か"に気付かせられる為に

 

繋がり、あるということ。

 

 

相手や物事は、

ある一つの事象を伝えているだけかもしれませんが

その奥にある"何か"は

自分で気付いたり感じたりするしかありません。

 

 

 

呼吸一つ

体の動き一つ

 

ただそれだけから.

人生をどう生きてきたり

生きようとしてきたのか。

 

 

私は脆弱組織特有の症状で、

一般の人は負荷を掛け

多少無理してやったとしても

戻ってくれるようなことが、

そのまま戻ってくれないリスクがあり。

でも、どこかでみんなと同じ様に、

あともうひと踏ん張りやらない限り
成長は無い!としていたからなのか、

(筋トレで例えるなら、超回復の為の

筋線維破断までいかなくては的な)

 

それとはまた違う、

 

心地良さを

ゴールの一つとしてみることを

 

どこか許してあげていない自分が

いることに気付かされました。

 

 

人それぞれに 与えられた体の中で

どう体を労わっていくのかも

大切なことの一つなのでしょうね。

 

 

闘病されている方、

病気に限らず

試練を乗り越えてきてらっしゃる、

又は今まさに乗り越えようとしている方程、

 

甘え怠惰なのか体を労わることなのか

どっちがどっちだかで、

無理をされてしまっている時もあるでしょう。

 

この言葉は

ただの挨拶言葉ではない

大切なことが凝縮されているのを

改めて実感します。

 

たった一つしかない大切なお体

どうぞくれぐれもご自愛ください🍀

 

 

 

 

 

終了後、

お薦めと教えてもらった、お蕎麦屋さんへGo!

お蕎麦大好きなんですよね~♡

 

狸さん、そんな熱い視線を送ってくれてたの。。

 

って、

ふと、なんで蕎麦屋の前に

狸居るのかしら?と思い

調べてみたら、

 

狸は縁起物で、体には

"八相縁起"が表現されているんですって。

 

 

①笠

災難や悪事から守ってくれる

 

②目

周囲に気配り、広い視野で

正しい判断ができるよう

 

③顔

愛想よく、笑顔や愛嬌

 

④お腹

器の大きさの象徴

冷静さと大胆さを併せ持つ

 

⑤徳利(とっくり)

飲食には困らず、徳を持てるよう

 

⑥通帳

昔はお酒買う際ツケ払い、

信用第一。

 

⑦金袋

金銭を自由自在に使える

金運に恵まれるよう

 

⑧しっぽ

終わりよければ全て良し

 

 

 

 

 

大きく捉えれば

人生の終わり

片や

今日一日の終わり

というものだけではなく、

 

その人自身の中で

一区切り付けたこと

終わらせられたこと

 

様々な

始まりに向けての終わりも

 

全て良しとして

再出発していけるといいですね。^_^

 

 

 

ではまた☆

亞希

衝撃的なニュースに、

 

「心肺停止」

という言葉だけで、

胸がキュッとなり。

 

再び、

鼓動を打ち返すことがない

現実があることを

叩きつけられた日でした。

 

 

私はこれまで

幾度と心臓手術を受けてきているので、

(↓概要欄に術歴等記載)


その度にこの鼓動は止まり

再び打ち返してきてくれたから、

"今"があります。

 


人工心肺を用い心臓を止める訳ですが、

問題は、


心臓が 再び動いてくれるかどうか。


再び鼓動を打ち返した瞬間、

心臓外科医の方々はホッとするそうです。

 

 

多々受けてきた手術の中で、

一度だけ、

自身の手術DVDを見たことがあります。

 

自分自身の心臓を見た人間って

多分そう居ないですよね。。

 

 

当時の私は大動脈解離起こした後ですし

瘤破裂の危険性があるので

車椅子で移動転院しており。

全くもって元気な体ではありませんでした。

 

でも、

胸が開かれ、

初めて自身の心臓を見た時、

ビックリしたのです。

 

 

 

こんなにも

力強く打っているとは。

 

 


「物凄く頑張ってくれていたんだね…」

 

 

感謝なのか感動なのか

言葉では表しようがない

何とも言えない想いが溢れました。

 

 

手術中、鼓動が止まり

まるで死んでいたかのような心臓が、

 

再び

ドクン、、ドクン、と

 

生き返ったように動き始めてくれた

あの瞬間も。

 

 

 

 

 

 

 

今回のニュースを見ていて、

 

絶望的な状況の中でも、

それでも再び打ち返してくれることを信じ願って

処置を続けていらっしゃったのではないでしょうか。

 

緊急搬送での要人である上、

銃社会の海外国とは違って

日本で銃創を扱う頻度はそうない筈ですし、

 

現場の過酷さを知らない

私達一般人には

想像もつかない程の

どんなに大変なことだったろうと。。

 

医師の記者会見を見ていて

もう休まさせてあげて…と

なんだか胸が締め付けられました。

 

関わったスタッフの方々、

心身共に困憊された一日だったと思います。

本当にお疲れ様でした。

 

 

 

 

人間誰しも、いつかは

この鼓動が止まる日が訪れます。

 

私自身、

次どういう状況で止まるか

再び動くか

そのまま打ち返すこと無くなのかは

わかりません。

 

 

無限に続くものではなく

有限であるからこそ、

 

鼓動を刻み続けてくれている

この一瞬一瞬が

尊く大切なものなのです。

 

 

実際の眼では見えませんが、

 

その人の中で

生きる力の限り打ってくれている心臓

 

命の尊さを

心の眼で見えるようになったら、

 

この世の中、物騒な事件だけでなく

未だ無くなることのない戦争も、

もっと違った方向へいくのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

亞希