『美しく生き抜いた魂』で、
臓器の”記憶"について書きましたが、
心で感じたことを
こうしてブログで書けて
生きている証を刻めるのも、
”ハート”に記憶を刻めるのも、
救ってきていただいた
この心臓が
今、刻んでくれているからこそ。
時を刻めていけるって
どれ程有難いことなのだろうと
この鼓動と共に
しみじみ実感しています。
あ、
私の場合、実際にメスが入り
違う意味でも刻まれているわ。Σ(゚Д゚)
大切なことを
心臓に"刻印"かの如し。
刻まれた記憶の中で、
断片的に残っているものってありますよね。
むかーしむかーし
うら若き乙女の頃(何十年前?!)、
読んだ『スラムダンク』。

↑この有名なセリフは
誰もが知るところで
私も覚えているのですが、
この前のもう一コマ
忘れていました。
すっかり忘れていたようで
でも、記憶のどこかに
かすかな刻みがあったのか。
何十年も経った今、
繋がったのかもしれません。

「希望を捨てちゃいかん」
で思い出したのが、
『生きる力』昨日の投稿の続き。富山で音楽療法士をされているMさんとこの間久しぶりにお会いし、お互い積もる話を。 私の母位の年代の方ですが、以前、友人のお母様がイベントで顔…
ameblo.jp
生き残った二人は
必ずしも体が頑健だったわけではなく
希望を最後まで捨てない人だった
これまでの私だったら
ここで
希望を捨てずに!的なことを
声高に唱えて終わりでしたね。
いろいろ経験して
今お伝えできるのは、、、
勿論、
いつもどんな時でも
捨てないでいられたら一番です。
(断捨離で不必要物を捨てたり
執着を捨てるのとは全く別の話)
ただ、
人生の過程で、
どんなに頑張りたくても
諦め、希望を
手放しているつもりはなくとも
握れる気力すら無くなって
隙間から零れ落ちてしまいかねない
そんな時もあるでしょう。
たとえ
本人は絶望感しかなかろうと、
どんな状態状況であれ関係無く
あなたの存在自体を
大切に想ってくれる人
温かな気持ちを感じるだけでも
そこから再び
希望へと繋がるきっかけとなったり
生きる力になり得ます。
私自身、一時期危うかったですが
どこかでまだ
捨てきってはいなかった。
だからこそ、
自分以外の温かなハートに助けられ
"今"があるのだと思います。
ただ単に
鼓動を刻む臓器ではなく、
温かな記憶や大切なことを蘇らせたり
生きる力をも蘇らすことができる
互いにとって
影響し合えるハートでありたいですね。
☆・:,。゚・:,。☆。゚・:,。☆
心より感謝を込めて
ではまた☆
亞希
〈追記〉
ふと、安西先生って何者なんだろ?
と調べてみたら、
名前:光義
あだ名:ホワイトヘアードブッダ(白髪仏)
道義に光導く仏様か?!
あの触りたくなるタプタプした顎♡、
そのうち、
仏相の三道(←三重あごみたいな線)
なるのかしら。
~三道~ 悟りに至る三段階
『見』 物事をありのまま正しく見ること
『修』 正しい味方に基づいて修行すること
『無学』学ぶべきことがなくなった者のこと
参考 / 成田山 深川不動堂