昨日は8Born初めての特殊清掃のお仕事をさせていただきました。

特殊清掃とは亡くなられて時間の経過したご遺体の跡を清掃するお仕事です。

今回の詳しい経緯はあえて書きませんが倉庫で亡くなられた後片付けです。

以前に東京の研修先でも経験しましたが夏場の人の腐食は早く、同じ匂いがしました。

しっかりと防護服を着用し感染防止に配慮しながら消毒、消臭、片付けの作業をさせていただきます。

もちろん仕事を始める前には線香を炊いてお経をあげさせていただきました。

亡き人の御霊に寄り添って作業を行う、遺品整理という仕事の中でも、この特殊清掃は一番大事な仕事だと思っています。

キレイになって匂いも消えて仏様も喜んでもらえたと感じました。

 

 

 

 

before

樹木が元気に育ち過ぎて電線に届きそう・・・・なので剪定させていただいております、痛いだろうけど我慢してください、少し枝を掃うだけだから。

after

樹木には景観を良くする他にも色んな役割があります、明治神宮の森の件も慎重に考えなければいけない問題ですね。

 

 

before

after

 本日は春日井市での生前整理でありました。

 

 やはり仕事の醍醐味はお客様の喜びの声を聞く時です。

 上のビフォーアフターいかがです? 我ながらなかなかだと思います。

丁寧に、段取り良く仕事を進めたので仕事も早く終わりました。

 

 うれしくもありがたい一日になりました。

 

 

 

 

 

 以前、ブログに書いたが、私は少し前に建築営業の仕事をしていたことがある。

リース建築の営業である。

 

 その時の上司に言われた言葉を最近よく思い出すのです。

「お前は営業の結果を急ぎすぎる!お客様にNGを出されそうになったなら出される前に退散しろ!営業とは対象者の分母を広げてゆく事が大事で、お前みたいに1件1件勝負していたらダメだ!」

 

 と言われた・・・・なるほど金に困った経営者だった私は実に性急な結果を急いだ営業をしていたのだと・・・・その染みついた癖が抜けないのだな。

 

 反省することが多い、もっとゆっくりしたい、余裕をもって、お客さんの立場でじっくりと仕事をしたいと感じる今日この頃です。

 

 スピードは大事だが、相手にまでスピードを求めたらアカン・・・・

 

 いろんな体験が自分を見直す機会になっているのだと感じます、ますますお客様の意見を傾聴して、じっくりと最善と思われる判断をしなければ。

 

 仕事の自慢じゃない話でした。

 

8月の盛夏の最中にお仕事のご依頼をいただきました。

内容は農地(畑)だった土地の

1.地上物(コンクリート杭、コンクリートブロック、フェンスなど)を撤去して処分

2.草を刈ってほしい(処分も)

3.整地してほしい

でした。

 

①着工前です、結構生い茂っています。

 

②草を刈りました、草刈りは得意です。

 

③地上物を撤去処分して重機で整地しました!

 

うーんさっぱり!良い仕事をした気がします。

それもスゴイお値打ちにさせていただきました。

8ボーンの仕事の自慢話でした。

 そうなのだ、やっと人生の灯りが見えた気がするのだ!

 

 柳ケ瀬のお化け屋敷を企画、立案、実施した時もそうだった。

地域の子どもたちが、あんなに歓んでくれた・・・それが一番うれしかった!

 

 今回はお年寄りの為に働きたい!2025年問題(団塊の世代が全員後期高齢者になる)を間近に控えてニーズの高まりをヒシヒシと感じる、同時に法も曖昧に営業する業者が跋扈する現実。

 

 やはり対象者の幸せを第一に考え、与えられたルールを守り、この現代の社会問題の解消に貢献したい!

 

 そう願っているのです! 

 

 こんな私ですが、あれから4年間、支援してくれた方々、励ましてくれた方々の御恩に報いるようにラストランを走っていきたいと願っております。

 

 色んなご相談にのらせていただきたい!困っている人の力になりたい!そう願って起業したと信じています。

 

 8Bornをよろしくお願いいたします。

人の最期のために働く・・・私にふさわしい仕事だ! と、思った

 

資格のための遺品整理士認定協会の教材で学んだ!

 

スピリット(精神)のこと

スキルのこと、マナーのこと、ルールのこと、非常に為になった、この認定協会のことを色々言う方がいるが、世の中の4tトラック一杯いくらみたいな方法で営業している業者さんの存在を見ると、この認定資格のフィルターは通らないと、スピリット

スキル、マナー、特にルールが曖昧模糊で営業している業者を抑制できないのでは?

と感じた。

 

横道にそれたが、机上の学習は資格修得の中である程度できた。 が、実地を積まなければ・・・・

 

私を受け入れてくれる所を探した

 

東京に見つけることができた2022年のゴールデンウイーク過ぎからお盆前の約3か月間、世田谷区の遺品整理部署で研修させてもらえることになった!

生まれて初めての東京暮らしに胸がトキめいた! しかし、そんな甘い幻想をすぐに打ち砕かれた!

作業は厳しくかった!あまり労働とか作業とかを経験していない私には本当にきつかった、同時に不器用な私は手際も要領も悪く、教えてくれた先輩たちにも迷惑をかけた・・・・申し訳ない、先輩たちは本当に親切にしてくれたし、仲良くしてくれたことにも感謝している、感謝だ!

 

東京にいけたおかげで、孤独死やゴミ屋敷の現実を垣間見ることが出来た、また作業することもできた。

現代の日本が抱える問題を体験できた。 寂しく孤独なゴミの中で暮らし、そして死を迎える人がいる!という現実を知ることが出来た。

 

これは私がこの仕事を始める上で貴重で必須な経験だったと思っている。

 

人の最期のために、地域と人の幸せのために働きたい!そう確信した東京研修でした。

 

また、書きます。

 

 

 2021年には会社の整理も終わり個人としても復権させてもらうことができた。

懺悔と感謝の連続であります。

 

 そうしているうちに2022年が明けた、2019年からの様々な出来事が色々な気づきを与えてくれた。

 

 サラリーマンの適性がないこと。

 人を使うことも(リーダーシップ)上手でないこと。

 あきらめが悪いこと・・・

 

 2022年に私は58歳になる、還暦カウントダウンである。もう一度立ち上がって人の世に立ち、人と地域のために働きたい!そう思うようになった、ラストチャンス、ラストラン、もう自分に残された時間は多くない!と感じていた。

 

 そんな時に遺品整理についてのTVを観た。

戦後のベビーブームに生まれた、いわゆる団塊の世代が2020年から後期高齢者になる、戦後の核家族化の浸透もあいまって、ゴミ屋敷、孤独死という問題が社会問題となってきていると、、戦後日本を支えた、いわばこの国の功労者の人たちが悲しい最期を迎えている現実、

 

      そういう人たちの「良い最期」の為に働く!

 

      遺品整理を自分のラストランの仕事にしたい!

 

 そう考えるようになったのです。   続きはまたです。

 全く上手くいかない私だったが、それでも2021年の初頭に引っ張ってもらえる会社があり再就職となった、今度は建築設備関係の会社だ、この会社もとても良い会社だった、会社の皆は親切で仲良くしてくれ、居心地が良かった。

 

 しかし、申し訳ないのです、56歳の私は細かいことや作業が苦手なのです・・・・

そんな間に合わない私にイライラしてキツイ言葉を言う人もいました(会社外の人です)

 むいて無いのだ、サラリーマンの適性が無いのだ・・・・ようやく自分自身に気づき始めた・・・・遅ればせながらの気づきだった。

 

 苦し紛れに今さら勉強を始めた私、やはり建築系の資格を取ろう思った、、、、

資格試験には苦い経験がある、若いころ一級建築の試験にすべり続けたのです、いや言い訳になりますが一次試験(学科)は通るのです3回も通りました・・・しかし二次試験(製図)が苦手で6回も落ちてしみました、結局、一級建築士は所得できずに挫折してしまいました、全く不器用なのです。

 2020年から2021年にかけて、一級建築施工管理技士、インテリアコーディネーター、福祉住環境コーディネーターの試験に合格することができました!

頑張りました!そして2022年にもう一つ遺品整理士という資格を取得しました。

 

 また、この続きを書きますね。

 8月19日の続きです。

そんな2019年も終わり2020年になって、私も働かなければ・・・と思い

1月に職業安定署(ハローワーク)に行きました、岐阜は気が引けたので愛知県一宮の職安に行きました、ちゃんと背広着てネクタイ締めて履歴書をもっていきました。

なにしろ初めての職安なので要領を得ずウロウロしていると係りの人が「どうされましたか?」と尋ねてくれたので私は「はい、仕事をさがしています。」と言うと、少し驚いた様子で「はい、ではこちらへどうぞ」と面談ブースに案内してくれました。

履歴書に基づき自分のことを説明すると、優しい面持ちで「こちらはどうですか?」と愛知県の建設会社を紹介してくれました、私はその日のうちに本社に面接に行きました。

 本当に親切な面接の人でした、社長だったこと、倒産したこと、破産したこと、先月に父を亡くしたこと・・・包み隠さず話したら・・・うちで働いてくれる?

と言ってくれて採用してくれました55歳の再スタートです。リース建築(アパートとか)の営業です、地域の訪問営業です(飛び込みです)それでも張り切って毎日飛び込みました・・・・・2020年の3月にコロナがきました・・・・あの3密などと言い混乱した状況ではなかなか訪問もうまくいきません、消毒液を噴霧されたこともありました・・・・それでも訪問を続けるうちに見込み客に出会うことができました。

かなりの大口で内心は『やった!!やった!!!さすが俺❕』と思いました。

順調にお客さんとの打ち合わせも進み、さて仮契約!という段階で話が急に無くなってしまいました、詳しくは言えませんが仕事が無くなってしまったのです。

 その時の上司の人が私の状態をひどく心配してくれました。毎日のように私に

「気にするな、今回は運が悪かっただけだ、お前は実力がある!次頑張ろう!大丈夫」と励ましてくれました、今まで、人に慰められたり、励まされたりすることは無かったので変な感じでしたが、ううれしくもありました。

 

 少し、メンタルがやばくなってきて、せっかく入った良い会社でしたが2021年の初めに退職することになりました・・・申し訳なかったです。

 

 それからまた再就職をすることになりました。

 

 また書きます。