先日、岐阜商工会議所にて 地域に恩返し「8の日」の記者発表をさせていただきました

 

 これは毎月8日に1件お片付けを無償で行わせていただくという地域貢献活動の開始の報告でありました

高齢化社会を迎えて戦後急速に進行した核家族の効果も相乗して日本と地域は複雑で深刻な問題を抱えている、この現状を遺品整理という仕事を通じて実感し『少しでも役にたてれば・・・』との思いからの活動開始です

 

 この活動を決意した経緯には大きく3つの動機があります

 

 1.この仕事を通じて知った社会問題

 私は遺品整理を行う会社「8Born」の仕事を始めて4年半で色々な現場を見させていただきました

 しみじみと思うのは『人の一生はドラマだ』ということです

私たちの仕事は『終活』という人生の終わりに際して行う活動の一部として行われる『遺品』『生前』のお片付けです

 ご依頼をいただける大抵の方は人生の終わりに際して備えることが出来る経済力や後を任せられる親族を持った方々です

後の憂いも少なく人生の終わりに備えることが出来ます

 

 しかし一方でセルフネグレクト(自己放任)の状態で片づけられない俗にいう『ゴミ屋敷』で不自由になってしまった身体で生きる人たちがいるという現実を何件も見てきました(孤立死も何件か見てきました)

 私は思うのです・・・人は幸せに生きられなくとも最後はせめてキレイな場所で迎えてほしい

仕事を通じて「8の日」を通じて社会貢献をさせていただきたい、そう思ったのです

 

 2.地域へ恩返し

 私はこの地域(ぎふ)で生まれ育ちました、そしてこの先もこの地域(ぎふ)で暮らしていきたいと思っています

 しかし、私はかつて自らが経営する会社を倒産させてしまい自らも自己破産し地域と多くの方々にご迷惑をかけてしましました

しかし、また地域と沢山の方々に励まされ応援していただき8Bornという会社を起業することが出来ました、まだまだな会社ですが

『感謝』『償い』『地域愛』様々な思い・・・地域へ恩返し!少しですが始めたいのです

 

 3.8の字への思い

 この「8の日」の8の字は8Bornという社名とその由来である『七転び八起』の8そして私の父が作った会社の8の字への思いから

「これらの思いを忘れない8のつく日に地域貢献、社会貢献を!」という思いから毎月8日に活動させていただきたく決めさせていただいた活動であります

 

 まとまりなく書き綴ってしまい分かりにくいかとおもいます、活動に興味がある方はお問合せください。

では。

 さて、随分ご無沙汰になったが巨人の星について書き足らない・・・ので書かせてもらう

 

 伴忠太は青雲高校のPTA会長で伴自動車工業の社長である伴大蔵の息子である

忠太は既に高校柔道のチャンピオンであり高三まで野球になど全く縁のない男であったが・・・・星飛雄馬という未曽有の野球に出会い惚れ込み全てを捨てて飛雄馬と野球に掛ける選択をしてしまう

 高三デビューというあまりにも遅く野球を始めた忠太だが、そこは柔道チャンピオンになるほどの素材であった、また根性も異常なほどにスゴイ忠太は飛雄馬の剛速球を受けることができる捕手に短期間で成長を遂げる

『私はかねがね伴忠太こそが登場人物の中で最大のポテンシャルを持った選手だと確信している』

 

 飛雄馬と忠太のバッテリーは弱小 青雲高校を夏の甲子園で準優勝に導き(優勝は花形の高校)

その後は高一で中退して巨人に入団しようとテストを受ける飛雄馬に付き合い見事テストに合格する忠太!高校から野球を始めて1年足らずの忠太の才能を見抜くとは流石ジャイアンツ( ^^) _U~~

 

 そして飛雄馬のライフワーク大リーグボールの開発に二人三脚の協力を惜しまない忠太

ちなみに1号は相手バッターのバットにボールをぶつけ内野ゴロまたはフライに打ち取るという驚愕の魔球だ!

私も近所の草野球で試みたがバットではなく相手バッターの頭や体にあたるばかりで大変に迷惑をかけてしまい「1号禁止!」と言われたものだ、それほどまでにコントロールと洞察力を必要とする正に魔球だった・・・・

 

 しかしその魔球も花形 満に打たれ そして父 一徹の指導のもとでオズマに打たれる・・・一号は攻略されてしまった・・・

飛雄馬は失意の中で途方にくれるが不死鳥は灰になり蘇る!伴と驚愕の魔球第2弾『消える魔球』を開発しカムバックする!

ボールが消えるのだ( ゚Д゚)打てようはずがない!

私も近所の中学校のグランドで試みたがついにボールを消すことは叶わなかった・・・・

 

ライバルたちが2号打倒に躍起になる中、飛雄馬と忠太を引き裂く出来事が・・・伴忠太の中日ドラゴンズへのトレードだ

画策したのはあろうことか父親 星一徹だった「水原さん伴は日本のベーブルースになりうる素材です」と監督の水原を説得しドラゴンズに入団させてしまう『なんという非情・・』

 

 紆余曲折の人間模様の末に一徹+忠太のコンビは大リーグボール二号の攻略にたどり着く!

 

 攻略の策を叩き込まれた忠太はコーチ一徹の出すサインを待ち、そして出たサインを受け必殺のスイング!

しかし忠太は何故か打ち損じてしまう・・・・『なぜじゃぁ』納得できない忠太は試合後に一徹に詰め寄る!

伴は「なぜじゃあ~なぜ打てなんだんあじゃあ~さては最後の最後で息子をまもりよったのかぁ~そうなのか!?」

一徹は「すまなんだ伴・・・しかしあの時のワシのサインはどんなじゃった?

伴は「それは・・・両目を押さえる形・・・・」

一徹は「そうじゃボロボロになった息子がポンコツの大リーグボールを父親のワシと親友に打たれる・・・わが子が不憫で・・」

という一徹、そして伴は「うお~オヤジさん それでこそ男じゃぁ!それでこそ人間じゃあ~」と膝をおって慟哭する、人目もはばからずに男泣きする

非情な勝負の世界で溢れた親としての情に一徹と忠太の涙・・・

 

 私はこのシーンを思うだけでいつでも泣ける!最高だ伴忠太!!

 

大好きな巨人の星のシーンと好漢 伴忠太でした

 

さて仕事仕事(^_-)-☆

 さーて昭和アニメも真打登場である 巨人の星☆

 

 まさに燦然と輝くスポコン漫画(アニメ)の金字塔だ

 

 私たちの世代は放映リアルタイムではないが幾度となく再放送される本作を腐るほどみているのである

私たち巨人の星を刷り込まれた世代にとって本作の影響は甚大であり拭い去ることができないトラウマのような状態で頭にこびりついている。

 

 まず主題歌が熱い!♪思い込んだら試練の道を~ だ! もうここでグッと掴まれるのだ

物語もバンバン本人(川上 王 長嶋 金田・・・)が出てきて熱い 

またライバルたち!

プリンス(ヘアースタイルも個性的) 花形 満 彼は小学校の時からスポーツカーを乗り回すド不良のドラ息子だが主人公 星飛雄馬という終生のライバルと出会い更生し野球に捧げる

 

左門 豊作 熊本出身の貧しい農家で幼い兄弟を養う飛雄馬のライバル(なぜか貧しいのにデブい)

 

星一徹 飛雄馬のオヤジ 魔送球というビーンボールまがいの送球を川上哲治に咎められ 巨人軍を追われる元プロ野球選手

自らの無念を息子にぶつけ異常なトレーニングを課す、特に大リーグボール養成ギブスというまだ子どもであった飛雄馬にキィーキィーと音を立てるバネで出来たギブスを装着した男

 

星明子 飛雄馬のねえちゃん忍耐強い女・・・明るさは皆無だが明子という、のちに花形と伴に惚れられ カッコイイ花形と結婚するメンクイなとこもあるが優しい姉ちゃん

 

伴宙太 飛雄馬のパートナー 青雲高校の同窓生で柔道から野球に転向する 星の2学年上だが星から「伴!」と呼び捨てにされても怒らない器のでかい男でナイスガイ!!

 

私は柔道をしていたからか伴が一番好きだ!

 

さて中途半端だが今日はもう夜の1時なのでまた今度この続きは書く! 巨人の星大好き!!

 

では、今日も激しく働いてます(^_-)-☆

 前回はサザエさんについて書いたので流れ的に今回は『あしたのジョー』であります。

 

 さて本作はかの梶原一騎先生によるボクシングアニメの金字塔である。

 

 山谷のドヤ街に現れた少年 矢吹丈を主人公とした物語だ、劣悪な環境の中でジョーはボクシングと出会い、いつしかドヤ街の希望となり厚生していくのだ、丹下団平という元ボクサーとの出会い(彼は子どもたちから 拳闘キチと呼ばれた男だ このキチというのは今は良くない言葉になっているが釣りキチ三平という漫画もあったが・・・)

 

 そして終生のライバル力石徹と出会い全てを掛けて闘うことになる・・・・・

 

 このアニメは1970年4月から放送が開始された少年マガジンで漫画として連載されていたのだが 当時まだ子どもだった私は原作とも言うべき漫画を読んでいないアニメだけでストーリーを追っていた訳だ

毎週毎週 ジョーや力石の活躍に胸を躍らせテレビにかじりついていたのだ

 

 30分のアニメで最後に団平が「明日はどっちだぁ!?」というセリフの前に次週の予告を団平が話すのだが・・・・

ジョーと力石との闘いも正に佳境であろう回の次週予告で団平が

 

 「次週!力石君が死んだぁ!!」

 

と叫んだ! 私は鈍器でぶっ叩かれたかの衝撃を受けた・・・・そして次週が来て本当に力石が死んでしまった・・・・

人の死でこれほどのショックを受けたのはこの後のジョンレノンぐらいまで無かった(-_-;)

 

私は本当に落ち込んで、それ以降のあしたのジョーを観なくなってしまった・・・・・・ので私のあしたのジョーはそこで終わりました。

 

 では、まだ熱い熱い( ゚Д゚) 仕事仕事

 

 

 

 

 

 サザエさん!この偉大なアニメは放送開始から57年を経過してなお継続中だ

私も最近は観ることがなくなったが子どもの頃は毎週観ていた、特に面白いと感じたことは無かったが、この偉大なマンネリズムは子どもであった私に楽しい日曜日の終わりを告げる・・・・そんなサザエさんだった

 

さて、以前からサザエさんの歌については疑問に思うことが多かったので書こうかな

 

 ♪おさかなくわえたドラ猫 追っかけて

  裸足で駆けてく 陽気なサザエさん

 

  想像すると、食卓にならぶはずの お魚をドラ猫がくわえて逃げた!

  泥棒猫許すまじ( `ー´)ノと ドラ猫を裸足で追いかけるサザエさん・・・彼女の目的は?

  1.ドラ猫からお魚を奪還する事

  2.ドラ猫を捕獲して制裁を加える事

 

  上記1.の場合、奪還の後は?再び食卓に上げるのか?ドラ猫がくわえたお魚を!衛生面は大丈夫かサザエさん?

  上記2.の場合、動物愛護団体は大丈夫か?

 

いずれにしても 愉快なサザエさんでは済まないのである・・・・いや(-_-;)言うまい時代が違うのだ57年前とは(-_-;)

でも今はアカンよ、ねっ(^_-)-☆サザエさん

 

 さて、間もなく日付も変わるのでこのあたりで。

 

 今日もしごとしています(^_-)-☆

 今年の暑さは異常です、生命の危険を感じる程です(少し夏の話をしようかな?)

 

 私が20年か?もう少し前か?夏にみた夢の話をしよう

 

 ”その日も酷く暑いひだった・・・夕方近くの時間だったがドカドカの暑さの中エアコンの効きも悪い車を運転していた私は県庁の前の道で役場の制服を着た女性の車とすれ違った

 

その女性はワンレングス(いや違うか?ボキャブラリーが貧しい(-_-;)前髪を巻き上げたウエイビーヘアー)の髪型で暑かったからか首にタオルを掛けていた、そして缶ビールをプシュッと空けグッと飲み、そしてプハァァ( ^^) _U~~という顔をした・・・

 

私は「あー( `ー´)ノ」という顔をして彼女を見ると彼女はビール片手に私にウインクして走り去った

 

それだけの話なのだが、とてもカッコイイ素敵な体験だったので今でも良く憶えている。

 

夢の話ですけど(^_-)-☆

 

 さて、仕事仕事

 

 

 なんと言おうか冒頭からお詫びだ、この↑の写真は今から話す為のサンプルであります

決して誤植ではない

 私がアナログ人間過ぎて、他の方々のようにスッキリレイアウトが出来ないのだ、申し訳ない(-_-;)

 

 さて、気を取り直して今回は犬(愛犬モモコ(^^♪)の話をしよう

写真の犬=トイプードル雌;名前モモコは2008年に我が家に来た、生後3か月程度の赤ちゃん犬だ、プードルという犬の特徴なのかチャカチャカとした人懐っこい娘だった、すぐモモコは我が家のアイドルになった(^_-)-☆

 

特に私には異常ともいえる愛情をぶつけてくる、寝てても布団に必ず入ってくるし、立っていてもイヤラシマウントというか

カクカクと愛情表現をしてくる(-_-;)

 

しかしまあ、嫌ではないのだ!私もモモコが大好きだったのだ

 

2008年からズット・・・私も色々と激動の人生を送ったのだが愛犬モモコは2年前に死んでしまった16歳か?寿命なのか・・・

モモコは死んでしまった・・・・

 

悲しくてしょうがなかった・・・今も悲しい・・・いつでも泣けるモモコを思うと・・・会いたいな夢でも会いたい・・・・

 

まあそんな思いで生きていたのだが、今年の3月に鹿児島で遺品整理の仕事をしている時に左の膝下を酷く打撲した!

痛かった( ;∀;)が歩行に支障が無かったので大丈夫だった

 

しかし3月から5カ月経過した8月だがアザが一向に消えない・・・消えないどころかクッキリしてきた・・・

 

              このアザ・・・これは色・・・形・・・愛犬モモコ!

 

              いいや!間違いないモモコだ!彼女はアザになって私の身体にしがみついて来てくれたんだ!

 

アホな俺は「早う消えんかなアザ」 と思っていたのが「一生消えないで欲しい!」と思うようになった!

なんだろうね~     

 

って話でした(^_-)-☆

 

もうすぐお盆、暑さに負けず頑張りましょう! 

 さて、本当に久しぶりにブログを・・・・忙しかった?まあ忙しかったし暑かったし、体調崩した・・・・

 

 様々な言い訳がありますが、結論として怠けていたのです( ;∀;) すみません(-_-;)

 

 今日はお年寄りとの会話について書こうと思います、かくいう私も今月末!7月31日(金)に62歳になるので大概はお年寄りなのだが・・・・もう一度言いますね今週末7月31日が誕生日です

 

 仕事がらお年寄りと話す機会が多いのです(^^♪ この仕事(遺品整理)に関わり始めた当時は少し戸惑いが大きかったですが

今ではスローな話のペースや幾度となく繰り返されるいわゆる(同じ話)も楽しく聞けるようになりました

「〇〇さん、その話三回目ぇ~(^^♪」

「あら?そうやったぁ!?あっかんねぇ年寄は」

 「私も年寄やで一緒やわ」

     ↓

この後はこの話題で30分ぐらい会話が続くのだ・・・・・だがこれで良いと思っている

寄り添うなどとおこがましいが目線を揃えて話すことは大事なことだと思うからだ

実際にお年寄りは、家族のこと、地域の事、自分が経験した歴史のことを語ってくれます、耳をかたむけて聞くべき話ばかりです

 

     『傾聴?』もしかして私は傾聴を体得したのか? と、錯覚することもあります(^_-)-☆

 

 そしてこの流れで私のエピソードを一つ

 

 もう十年くらい前か・・私の母と私のだ

 

 母はその当時、携帯メールの絵文字を憶えたようで、盛んににっこりとかを入れて送ってくるようになった、楽しかったようだ

私にも頻繁に送ってくるのだが・・・ある時以下のようなメールがきた

 

 「あんたも大変やけど頑張ってねファイトブー」 ん?

 それからも

 「いつもありがとねブー」

 これは・・・あかん!と母の家に行った、そして私は

 

「あのさ母ちゃんメールの絵文字のブーを使うのはやめてね」

 

「なんで?」と釈然としない母

 

 私は「グッやとグッドラックとかイイネとかでもブーは意味が違うから」

 

 母は「えっ?ならブーはどういう意味なの?」 と聞くので私は正直に

 

「ブーは地獄に落ちろ!」という意味ですと伝えると、母はみるみる表情がわるくなり

 

 「アカン、私ちょっと具合悪くなったわ・・・・寝るわ・・・もうあんた帰って」と言われた・・・・

 

 おそらく母は色んな人にブーの地獄に落ちろを送っていたのだろう、それから母からは絵文字付きのメールは一切こなくなった

 

 少し、本題からズレたが、とにかくお年寄りとの話は楽しい(^_-)-☆

 

 では、暑いけどがんばりましょう!ブー あっ違うグッ

 

 今日も仕事しています!大丈夫です炎

 今は6月30日の朝の4時半

ワールドカップ決勝トーナメント1回戦に日本が敗退した

もう少しで延長戦に突入という間際の失点・・・・残念だ( ;∀;)

うなだれる選手の姿を見て私が思い出したのはドーハの悲劇だ

あれは1993年だから33年も前か?ワールドカップ出場をかけた予選の最終戦だった

これに勝てば日本は初の出場という局面で2対1でリードした終了間際で痛恨の同点ゴールを決められた・・・翌年からスタートするJリーグへの弾みのためにも是が非でもワールドカップに出場したい局面

ピッチに倒れこみ悲しむ選手たちの姿・・・・今でも鮮明に記憶している(森安監督もいたなぁ)本当に悲劇という出来事で悲しみが伝播した私は会社を休んでしまいました( ;∀;)

 

 今回はも似たような・・・・しかし全然違う!日本はアジア予選を圧倒的に抜け本選のリーグ戦を抜け決勝トーナメントであのブラジルと堂々と戦ったのだ!立派だ!良い夢をみせてもらった!お疲れ様!よくがんばった!!!

この敗戦の悔しさはこの先の日本サッカーの大きな糧になるに違いない!ドーハの悲劇がそうであったように

いつか日本がワールドカップに優勝するのをみてみたいな(^_-)-☆

 

仕事しています(^_-)-☆

 さて、久しぶりにブログを書きます

 

 先日ホームページのニュースにも上げさせていただいたのですが人形供養祭に行ってきました

これは弊社がお世話になっているJAぎふさんがおこなっているイベントで各家庭にあるお人形をJAさんに供養していただくのです

実際にお坊さんがお経をあげて供養していただけるのです(^_-)-☆ そのあとJAさんが預かって片づけてくれるのです

 

 五月人形や雛人形やリカちゃん人形、ミッキーマウスやテディベアやドラエモンとか名前の分からないも・・・・

やはり人形は人の形をしているものが多くまた家族に愛されているので家族の想いも強くただ処分するのは忍びないのでしょう

先日も本当に大勢の方々がお人形を持ってきてくれました、本当に大勢の方がみえました!

良いことだと思います(^_-)-☆長年仲良くしたお人形とのお別れを惜しむ姿も見ることができました

弊社8Born㈱もお手伝いが出来て良かったです。

 

 さて、この人形供養も土地が変わればスタイルも違うのでしょう、私は東京で遺品整理の修行をしていました

東京では供養する人形に目隠しをするのです(念が入っていると考えるのでしょうか?)

私は暗い倉庫で一人で目隠しされた人形を片づけていたことがあります・・・・・

正直に言って『怖かった』です人形の念がうつったのでしょうか?途中から震えが止まらなくなってしまいました( ;∀;)

人に愛された分だけ人形には何か想いがあるのでしょう

 

 東京でも供養した後にお焚き上げというかたちで最終の供養をしていました

 

 人形供養というのは人形の為にも持ち主だったひとにも良いことなんだと思っています

また、8Born㈱でも遺品整理で預かった人形はJAさんの人形供養祭で手厚く供養させていただいています、お悩みの方は声を掛けて下さいね。

 

 では、今日も暑い中仕事しましたよ(^_-)-☆