2時40分。俺は改札についた。
特に変な様子もない。
いつもと変わらぬ日曜日だ。
「よっ!」
加藤が改札の向こう側から声をかけた。
時間は3時ぴったり。
「いゃぁさぁ、明日からギターのセールやるって聞いたから、昨日唾だけ付けて帰ってきたんだ。」
よっぽど楽しみにしていたのか、声がいつもより大きかった。

ここから電車で15分。湯吞沢ところに楽器店が多く立ち並ぶ。
「あぁこれこれ!昨日は16万だったのに10万まで下がってるよ!やっぱ1日待って正解だったなぁ。あははははは。このギターすごいんだぜ!? 超特殊なカーボンナンタラって素材使ってて、ダイナマイトでも壊せないんだぜ!またこのボディーと歪系エフェクターの共鳴っていうか、震える感じがまじたまんねぇ!んでなここのピックアップが…」
加藤は、昨日店員に聞かされたような話をさっきよりも大きい声でしゃべり続けた。
その店は新春学生応援セールと題して学生証の提示で割引販売をしていた。
加藤は今までため込んだ金で、黒いギターとオレンジ色のアンプ、黒いエフェクターを買った。
「うわー重てぇな。マジ持って帰るのめんどくせぇ」
加藤はニタニタしながら皮肉を言った。
「白石ー。腹減ったし、なんか食って帰るか。」
加藤と俺は近くのファーストフードに立ち寄った。

さすが湯吞沢。店内はギターケースを持っている人たちがたくさんいた。
「何食う?」
俺は何か変な感じがした。
周りの文字が消えていくような感覚がしてとても嫌な気分になった。
「なぁ何食うんだよ?」
「え、っあ、俺?トリプルチーズバーガー。」
なんだこの胸騒ぎは。
“定期メンテナンスとアンチウィルスの更新日”
ふと彼女の言葉が浮かんだ。


そしてメンテナンスは始まった。


俺一人を残して。
地球は止まった。
加藤も他の客も、店員も誰一人動かない。
そして彼らに文字はなくなっていた。


けど前にもあった…この光景。
どこかで見た。
奥へ奥へと追い込んでいた記憶が思い出される。
ベットの下から両親が殺されるのを見た日と同じだ。

すると、外に爆音がとどろいた。
「またテロか!?」
急いで外へ出ると、やはり外も全てが止まっていた。
ただ砂埃だけが動いていた。

すると砂埃の奥から大きな銀色の騎士4体が現れた。

この騎士は俺を助けに来た。
なぜか分からないがその時はそう思った。
俺と銀色の騎士はお互いに近づいた

騎士は立膝をつき、地面に右手を差し伸べた。
これに乗れってこと?
マンガの世界に入った気分だった。

そして俺がそのやさしい手の平に乗った瞬間。

騎士の胸部から針のようなものが出てきた。
騎士の胸は、銀、どす黒い赤、そして光を発するほどの灼熱の赤に一瞬で変わり、騎士そのものを溶かそうとした。

そして後ろには燃え盛るような色の長い尾をもつ逆光を浴びた騎士がいた。

恐ろしくなって思わず後ずさりをした。

残りの3体の騎士は一斉に赤いサソリのような騎士を目掛け攻撃した。

赤い騎士はその攻撃を軽く避け、俺を目掛けて突進してきた。

「え、俺死ぬ?」

そう思った瞬間、目の前に金色の騎士が現れた。

金色の騎士は盾で俺を守ってくれた。

しかし、その盾はみるみる溶けていった。


この隙に逃げればいいものを、足がすくんでビクともしなかった。
そしてついに盾は液体となり、金色の騎士は真っ二つに切り裂かれた。

俺はもう終わった。
そう確信した。

そして金色の騎士の上半身はさっきまでいたファーストフード店を押しつぶした。

「出るなって言ったろクソガキが!」

聞き覚えのある声があの悪魔のような騎士から聞こえた。
その拍子に足の震えが止まった。
なぜかこの時、とても安心をした。


「ガキはどっかすっこんでろ」

そういうと赤い騎士は俺を投げ飛ばした。
何が何だか分からないが、俺は死にたくない一心で逃げた。
決して振り返らずに。
騎士が見えないくらい。
遠くへ遠くへ。
ただただひたすら逃げた。

ここまで逃げれば大丈夫だろう。そう思い振り返ると、遠くに3筋の光と1筋の闇が見えた。
何なんだよあれは。
すると大きな爆発とともに光が1つまた1つと消え、やがて最後の1つも消えた。
…加藤…そうだ加藤は!?

急いで戻った。
逃げるときは何も思わなかったが、止まっている人をよけて歩くのはとても難しかった。
「はぁはぁはぁ。」
ファーストフード店、楽器屋はどこにもなくなっていた。
あるのは髭面と、きれいな女の人、誰かの体の一部、そしてネックが折れたギターだけだった。
もう、どうしていいかなど全く分からなかった。
「おい!お前何勝手なことやってるんだよ!」
髭面が思いっきり殴りかかってきた。
「勝手なことってただ遊びに来ただけだよ。」
俺は泣き崩れながら言った。
「お前みたいなガキが何でゼロなんだよ…お前がいれば何とかなるんじゃねえのかよ!?俺らはこれから何回戦えばいいんだよ!なぁ教えてくれよ…俺らは…」
髭面も俺の胸倉をつかんだまま膝をついて泣き崩れた。

するときれいな女の人が髭面をやさしく抱きしめた。。
「ほらセキト行くわよ。終わったのよ。大丈夫だから。あなたも、ハチの言う事を守りなさい!」
俺にはとても厳しい目で言った。
「おし…帰るぞ。」
さっきまで子供のように泣いていた髭面は立ち上がり俺をにらみつけた。
「お前、いいか、ちょっと家来い。」
「でも友達がこの中に!!」
「大丈夫だからこい。」
すると髭面目を閉じ力強く眼を見開いた。
ハチがあの男性の記憶を書き換えるときと同じような眼だった。ただ色は赤かった。
そして吸い込まれそうな闇とともにさっきの赤い騎士が目の前にあらわれて、この止まった世界を駆け抜けた。



「ちょいとコンビによるぞ。」
そう言うと例のおんぼろアパートの近所のコンビニで大量に酒をかごに詰めだした。
「お、お金払わないの!?」
「バカ野郎誰が見てるって言うんだよ。こいつらは今OFFの状態だ。」
「OFF ってなんだよ。とにかく犯罪だよ。」
「まぁいい。あとで教えてやる。お前も好きなの選べ。」
俺も喉がカラカラだった。
いけないこととは思ったが、謝りながらコーラを頂戴した。
そしてコンビニのかごのままアパートに帰った。
ベッドではハチがすやすや眠っていた。
プシュッ
「プハー!仕事の後のビールはうまい!」
仕事って。この人は一体何をしているんだ。
「お前何も知らないんだろ。ハチから聞いたよ。お前にこの世界のことを教えてやる。ほんとはこっちが聞きたいぐらいなんだがな。なんか聞きたいことはあるか!?」
「聞きたいことはって言われても、そんなの多すぎて分かんないよ。」
「いいから何でも聞け、俺で答えられる範囲なら答えてやる。」
「えっと…じゃあ…この文字は何なの!?何で俺には文字がないの?どうやって変身したの!?なんでみんな止まっちゃったの!?なんで俺らは動け…」
「はいはいはい分かった分かった!分かったから!っせえガキだ!」
聞けって言ったのはそっちじゃないか。
大人は自分勝手だ。
「フタバ。紙とペンかせ。」
するときれいな女の人は髭面に言われたものを渡した。
「いいか、お前が見ている文字はな…んーまぁ簡単に言うとプログラムだ。」
「プログラムってパソコンとかの?」
「そうだ。このプログラムは、人間の構成する原子だったり、生まれてから死ぬまでの行動とか、思考とか…まぁいろいろ書いてある。」
「ってことは人間はロボットなの?」
「いぃや人間は人間だ。」
「プログラムって言ったのがいけねえのか…なんだぁあれだ。運命。そう運命!人間は生まれながらにして運命が決まってる。この地球にある全てがそうだ」
「じゃあ何で俺には何も書いてないんだよ!?」
「だからお前を探してたんじゃねぇか。なんで俺たちは文字が見えるかわかるか?俺たちには共通点がある。」

その時ハチとの会話を思い出した。
「遺伝子に欠陥がある…から?」
髭面はご機嫌で言った。
「御名答!だから俺たちは文字が見える。まぁ一種のバグってやつさ。」
だが一瞬でご機嫌は斜めになった。
「見えるだけならいいんだよ。だが俺らはそのプログラムを書き換えられちまう。」
「書き換えられると何がいけないの?」
「バグならまだいいんだよ、けど俺らはいわばウィルスだ。勝手に書き換えて違うものを造り出しちまう。創造主は世界にただ一人なんだよ。」
話しが飛躍しすぎてよく理解できなかった。
「あの時の銀色の騎士は何なの?」
「あれはワクチンだ。あいつらは俺らを見つけて破壊する。」
「けど金色の騎士は俺を守ったよ。」
「そりゃお前が必要だからさ。」
「必要?なんで?」
「まぁ詳しいことはハチに聞け。」
そういうと気持ちよさそうに寝てるハチを指差した。
「こいつは創造主とほぼ同じ力を持っている。そしてすべてを知っている。話してくれないがな…奴らはハチ公を殺すためにワクチンを作っている。」
「奴らって?」
「創造主さ。」
よく分からなかった。けど深く聞いても理解できるような単純な話ではなさそうだった。
「あっそうだ!なんで髭面は変身できたの?」
「だーれが髭面だ!てめぇのプログラムぐらい変化させられて当然だろ!」
「見てろ。」
そういうと髭面は人差し指を出して目を閉じ、また開いた。
「ほら出ただろ」
すると彼の指から火が出た。
「俺は酸素に関するプログラムを書きかえられる。まあ簡単なところだと酸化結合プログラムとかだ」
「はい?え、ちょっと待って!文字が書いてあるのは人間とか動物とか物とかだけじゃないの!?」
「バカ野郎!さっき言っただろこの世界のすべてがプログラムだって。」
「そんなこと言われたって、じゃあ今吸っているこの空気もそうなの?」
「だからそうだって言ってるだろ!ま、せいぜい俺みたいなやつはぜいぜい操れても1原子だけさ。」
すると髭面は例の動作を始めた。

「はぁはぁはぁ…」
なぜか急に息苦しくなった。
「な、分かったろ?今お前の周りの酸素をギリギリまで薄くした。」
ニタニタ笑いながら髭面は赤い眼を続けた。
「くる…じ…」
意識が飛んだ――――――――――――。
目が覚めるとハチが上から見ていた。
「うわぁ!」
「シロっちなんでここで寝てるの?」
俺は今日一日のことを思い出した。
加藤と湯吞沢に行って…
「そうだ加藤は!?加藤が死んじゃったんだ!」
すると彼女は笑いながら言った
「大丈夫だよ。もうメンテナンス終わったし。へへ。」
「大丈夫なわけあるもんか!だって町が吹き飛んだんだぞ!」
すると彼女はテレビをつけた。
「今日のヘッドライトです。本日人気アイドル歌手の柳田良子が婚姻届を…」
「ねっ。何も起きてないでしょ?」
たしかにそのニュースは今日一日何事もなかったかのように伝えていた。
台所にいたきれいなお姉さんはこう俺に教えてくれた。
「メンテナンスする前にバックアップとっておいてあるから大丈夫よ。」
バックアップってパソコンじゃないんだから…
「次のニュースです、町岡市にあるコンビニ全店が現金、たばこ、酒がなにものかによってぬすまれました。警察では犯人の目撃情報を捜索していますが…」
「ねぇ、これってさっきの…ってあれ?髭面は?」
「ヒゲヅラ?あぁ、赤にぃならお仕事に行った。もうすぐ帰ってくるんじゃない?」
お仕事…。
どうもあの人のまともな仕事をしているようには思えない。
このニュースたぶんあの髭面の仕業だ。
「夕飯食べていくでしょう?」
きれいなお姉さんはやさしく声をかけてくれた。
テーブルにはこの家と不釣り合いな料理が並んだ
「いっただきまーす!」
ハチは元気よく食べだした。
「あっ、あのぉ、いいんですか?ホントに僕も…」
「あら遠慮することないわよ。あと、あたしのことは双葉って呼んで。」
「ところでなんで、ハチはここにいるの?」
「ほふ?はんえっふぇほほがあはひほいへははら。」
「こらハチ!口にものを入れながら話すのやめなさい。」
ハチは思いっきり飲み込むと
「ここあたしん家だよ。」
そして双葉さんも
「そうよ三人で住んでるの。」
ん、どういことだ?
俺の頭の中で最悪な家系図が浮かんだ。
「ってことは双葉さんはハチのお母さん!?」
「んーまぁそんなところかしら。ふふ。」
「ってことはあの口の悪い汚い髭面がハチのおやじ!?」
「んーん、あれはお兄ちゃん。あ、赤にぃおかえりー。」
…お兄ちゃん。
なんであんな奴がよりによってお兄ちゃんなんだ…
するとおれのからだは宙に浮いた。
「だれが口の悪い汚い髭面だってぇ!?」
やばいまた殴られる。
髭面はこぶしを作り大きく振りかぶった。
思わず目をつぶってしまった。
すると額に指をあてた。
あれ?と思い目をあけると…髭面の眼は赤かった。
「あっちいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」
「あ、お前に渡すもんがあるんだ。」
「お前あのカレンダー見えるか?15日は何曜日だ?」
生まれたときから視力のあまり良くない俺は答えられなかった。
「やっぱりな。フタバの言ったとおりだ。じゃあこれを付けてみろ。」
というと白い石が入ったバングルを渡した。
すると急に世界が透き通って見えるようになった。
「なんで?なにこれ?」
「これはなぁ、えーっと…ま、なんかのお守りだ。これをつけると、文字が見えなくなる。これで邪魔な気体プログラムも消える。」
「気体プログラム…?っていうか、なんかのお守りって適当だな。」
「しょうがねぇじゃねぇか忘れちまったもんは!」
そうしゃべる髭面や、後ろで笑うハチ達にはもう文字は見えなくなっていた。


―――
「今日は勝てると思ったんだけどなぁ。」
「へへーン!あたしの方が強いんだよ。いい加減ザコじゃなくて本気出してかかってきなよ。

今日は、加藤とギターを買いに行く約束だった。
約束の20分前に待ち合わせ場所に着いた。
すると見覚えのある子が歩いていた。
思わず追いかけてしまった。

「黒川…じゃなくてハチ!」
彼女はいつも通りの笑顔だった。
「おっはよう!シロっち!」
「何やってるんだよ。学校も来ないで!」
「今日は学校お休みだよ?」
ボケっとした顔で答えた。
「そういう事じゃねえだろ。二日も無断欠席して、学校じゃお前がテロで死んだって噂になってるんだからな!」
そう言うと彼女は一瞬あの眼をした。
気まずい雰囲気だ。

「おーい白石!」
改札の向こう側から加藤の声が聞こえた。
「あれぇ!?黒川さんじゃん!なにもしかして…お前ら付き合ってるの!?ははははは!」
「ばーか!違うったら!」
俺より先に彼女は否定した。
なんだか少し寂しかった。
「俺はお邪魔みたいだから一人でギター見てくるわ!お幸せに!」
空気の読めない加藤が気を使った。
それにしても一言多い。
「ハチ…」
「なにさ?」
「め、飯でも食うか?」
「ごちになります!」
なぜか分からないが俺が奢るはめになった。

ファーストフードに入り二人揃ってハンバーガーを食べた。
「なぁ…聞きたいことがあるんだけど。」
「なにー?」
氷しか入っていない飲み物をジュルジュル吸いながらハチはこちらに目をやった。
「なんで…なんでお前は文字が黒いの?」
彼女は笑いながら言った。
「やっぱり嘘ついてた。嘘つきには教えませーん。」
若干イラっとした。
「なんでだよ、教えろよ。それと何で俺には文字がないんだよ!何なんだよこの文字は!」
今までの疑問や不安すべてを彼女にぶつけそうになってしまった。
「しょうがないな~じゃぁ簡単に説明してあげるよ。本当に何も知らないんだね。」
彼女は語り始めた。
「あたしもよくわかんないんだけど、生まれたときから文字が見えたの。んでお母さんが心配して…ってお母さんって言っても本当のお母さんじゃないんだけどね。んで病院に行って検査をしたの。」
ハチの話は、おれの境遇と全く一緒だった。
遺伝子に欠陥があることも、両親が殺されたことも、養子になったことも。
唯一つ違うことは、文字の意味を知っていることだった。
「例えばあの人はね。」
そういうと奥の席に座っている男性を指差した。
男性は新聞を広げたままコーヒーを飲んでくつろいでいる。
「あの人もうすぐ帰るよ。」
「は?」
するとなにか用事を思い出したかのように男性は立ち上がりそそくさと店を出た。

「なんでわかったの?」
「書いてあるから。」
得意げにそう言った。

「今の人をここに呼び戻そうか?」
「そんなことできるの?」
「いいから見てて」
彼女は眼を閉じた後、力強く開いた。
その一瞬、彼女の目の色は反転していた。

するとさっきの男性はあわててさっきの席に戻り、置きっぱなしだった携帯を持って、またそそくさと店を出た。
「ね!」
『ね!』て。俺は手品でも見ているかのような気分になった。

「そんなのただケータイ忘れたの見てただけじゃん。」
信じたくないその一心で俺はいちゃもんをつけた。
「文字変わったの見えたなかった?」
「え?」
確かにあの男性の文字が変化して色も黒になっていた。
「お前が操ってるのか?」
「ちがうってばぁ!書き換えただけ!さっき言ったじゃん!もぉ!」
彼女の話では、人間に書かれている文字は生まれてから死ぬまでの『お話』が書かれているらしい。
「私は『お話』を書きかえられるの。だからさっきの人を動かせるの。」
「じゃあ他の人も動かせるのか??あの人とか。」
「それは無理。」
「じゃあこのコップは?」
「それも無理。」
「なんでだよ。さっきみたいに書き換えればできるんじゃないの?」
「書き換えるのは簡単だよ、不自然な書き込みをすると壊れちゃうの。配列は連続系だから、周りに与える影響もかなり大きいの。」
「壊れるって…人は?」
「死んじゃう」
またあの眼だ。
「お前もしかして…」
「あたしはやったことないよ!」
「あたしはって他にもいるのか?」
「あたしが知ってるのはあと2人。」
なんだかますます分からなくなってきた。


彼女の話はおとぎ話のようだった。
さっき戻ってきた男性は携帯を忘れただけ。
そう自分に言い聞かせた。
「ねぇ。」
急に声色を使われた。
「な、なんだよ?」
「もう一個。ハンバーガー食べていい?」
思わずドキッとしてしまった俺が情けなかった。

二個目のハンバーガーを食べながら彼女は言った。
「あほで秘密基地行ふ?」
「秘密基地?」
知り合って間もない俺に秘密基地を教えるなんて、秘密もくそもないじゃないか。
そう思いながらも、テレビアニメでよくある秘密基地を思い浮かべて興奮している自分がいた。

だが、アニメはアニメだった。
彼女についていくと、そこには汚いアパートが。

「ようこそ我が秘密基地へ!!」
「これ…ただのアパートだよね。」
「これならばれないでしょ!頭いいでしょ!」
ガッカリにもほどがある。
「まぁまぁ上がって上がってぇ。」
玄関には靴が2足あった。
中はまるでゴミ屋敷のように汚かった。
そのゴミの中に27,8歳の無精ひげを生やした男ときれいな女の人がいた。
ソファーに寝っ転がっている髭面がハチに怒鳴りつけた。
「ハチ公てめぇいつまで待たせるんだよ!」
「ごめん。赤にぃ。友達連れてき…」
「お前俺のビールはどうした?」
「あ。忘れちゃった。」
「もう一回行って来い!」
「んで、そいつ誰だ。」
「こいつはシロっち。」
「は、はじめまして、白石零騎です。」
すると怪訝そうな顔をしてハチを見た。
「おいハチ公!ここは秘密基地だぞ!勝手に一般人つれてくんな!」
ハチは怒った口調で
「赤にぃのバカ!」
そういうとハチはアパートから飛び出してしまった。
「えっ…俺…えっ?」
すると奥で本を読んでいた女性が指輪をはずしながらこっちを見た。
「ねぇこの子…ゼロよ」
その瞬間、髭面は飛び起きてピアスをとった。
そして、俺の顔をじろじろ見てきた。
「見つけたー!!!!!!でかしたなハチ公!ってハチ公は?」
「あなたが怒鳴るからさっき出て行っちゃったわよ。」
きれいな女の人は読んでいた本を閉じて呆れた顔で言った。
「おぃお前!最初の任務だ!追いかけてこい!」
「はっはい!」
俺は慌てて飛びだした。
訳が分からないまま。
いきなり怒鳴られて、見つけたー!!!追いかけてこい!何なんだあの人たちは。

「いいの?いろいろ聞きた事あったんじゃないの?」
「ほおっておけ。またすぐ会うさ。それが運命だ。」


近くの公園をと通りかかったときベンチに一人すわる彼女がいた。
俺は何気ないふりをして隣に座った。
「何しに来たのさ。」
ただ追いかけて来いって言われたからなんだけど…なんて言えば…
「急に飛び出していったから追いかけたんだよ。」
すると彼女は立ち上がりどこかへ行こうとした。
「おいどこ行くんだよ!」
「じゃあね。」
「じゃあねってどこ行くんだよ。」
俺も立ち上がり追いかけようとした。
「ついてこないで!…じゃあね。」
そう言い残して彼女は姿を消してしまった。
テロの日の別れ際を思い出した。
彼女はまたあの眼をしていた。

俺はそのままベンチに腰を落として考え込んだ。
今日聞いた話、秘密基地、髭面。
彼女と出会ってから普通が崩れ始めたのを感じた。

その日の晩彼女からメールが来た。
“明日の夕方は絶対外に出ないでね。定期メンテナンスとアンチウィルスの特別更新日だよ。”
メールを下まで送ると、“今日はごめん。”
と最後に書いてあった。

別に今日のことは怒ってないし、謝られても返って困る。
だが最初の文章は何だ。
「定期メンテナンス…?アンチウィルス?特別更新日…」
やはり彼女はただの不思議ちゃんなのか?
あまりかかわらない方がいいのか。
メールも返さずに俺は寝ることにした。


2時頃、一本の電話がかかってきた。
「もしもしー白石―」
声の主は加藤だった。
「今日は黒川さんとどこまでいったんだw」
「ん゛―。なんだよこんな時間に。」
「いやーデートの続きを聞きたくてねぇw」
「なんもねぇよ。ただのクラスメイトだよ。」
「ほほーん、川田がみったてよ。」
「何をだよ。」
「二人で飯食った後、アパートに仲良く入ってく姿を。」

やばい!秘密基地ばれてるじゃん。

「い、いや、見間違えでしょ。」
「川田は間違いないって言ってたぜ。同居してるのぉw熱いねぇw」
「バカ言ってるんじゃねぇよ!俺もう寝るぞ」
そう電話を切ろうとしたとき。
「ま、待てよ。からかいすぎた。ごめんごめん。それでよ、明日暇か?」
「明日…」
「なにダメなの?」
定期メンテナンス、アンチウィルス…その言葉が頭の中をよぎった。
「いゃ、大丈夫。」
「じゃ明日3時に町岡の改札な。」
「え?明日何す…」
「じゃあな!」
電話の途中で切られた
どうせ外に出たって何も起るわけがない。
本当に軽い気持ちで約束をしてしまった。

「なぁ白石!明日なんか用事あるか?
「いや、特にないよ。」
「んじゃあさ、ギター買いに行くの付き合ってくれ!」
「うん、いいよ。」
「おし、じゃあ決定な!12時に町岡の改札で…っていうか聞いたか?」
「何を?」
「みんな噂してるぜ?黒川さん。テロに巻き込まれたらしいぜ。」
「え?」
「けど軽傷で、今病院に入院しているらしいぜ。全治2週間ってところらしい。」
どうやら川田の噂は一人歩きを始めたらしい。
俺は彼女が今何をしているのか気になっていた。
昼休み。
川田と加藤に連れられてC組に向かった。
教室のドアの前には男子たちが群がっていた。
「先越される前に俺らも行くぞ!」
そう張り切って加藤が言った。
先越されるって、何がだ?
「どうすっかなぁ、なんも見えねぇよ。」
「よし強行突入だ!」
加藤と川田がおれの腕をつかんだ。
そして思いきり生徒群れに向かって投げ飛ばした。
「いってぇ…」
だが見事に教室に侵入できた。
「ちょっとあんた!」
見上げるとそこには、C組の女子が俺を取り囲んでいた。
「あんた立ちいい加減にしなさいよ。」
「人の気持ち考えたことあるの!?」
「最低!」
俺は罵倒を浴びせられた。
その女子生徒の隙間から、窓の外を眺める女の子がいた。
頭や腕にはたくさんの包帯が巻かれている。
その時は何も思わなかったが、たぶん一昨日のテロにま込まれたのだろう。

「早く出て行け!」
「自分たちの教室に戻れよ!」
するとそこに騒ぎを聞きつけた先生がやってきた。
「君たちいい加減にしなさい。早く自分の教室に帰るんだ。」
するとチャイムが鳴った。
仕方なく穿ける生徒たち。
教室を出る間際、俺はもう一度は包帯の子を見た。
するとこちらを向いてニコッとほほ笑んだ。

たぶんあの子が学年1かわいい子に間違いないと思った。



「おい!白石!」
加藤たちが詰め寄ってきた。
「どうだった?可愛かったか?」
「包帯しててよくわかんなかったよ。」
「なーんだつまんねーの。」
加藤の『つまんねーの』はやはり腹が立った。


今日は一足先に帰ることにした。

今朝、新聞には大きくそのことが書いてあった。
死者164人重軽傷者32人。
自爆テロによるものだったらしい。帰宅時間と重なって被害が一層拡大したらしい。
彼女の悲しい眼が頭をよぎった。


学校に行くと彼女の姿はなかった。
「白石ニュース見たか!?」
はしゃいでいる加藤が話しかけてきた。
「あぁ昨日のテロの…」
「あれお前ん家のすぐそばだろ?爆発音とか聞こえたか!?」
眼を輝かせている加藤を見ると、隣の駅のホームに居たなんて言えなかった。
「いや…ゲームやってて聞こえなかった。」
「なんだよつまんねえな。」
人が死んだのにつまんないって何なんだ。
いや確かに俺もあの時、駅にいなければ他人事のように考えていたのかもしれない。
「最近テロ多いじゃん!まっさかこんな近くで起きるとは…見に行きゃよかったなぁ。」
この日は加藤にひどく腹が立った。
「何話してんだよー?また女の話かぁ?」
そう言って話に割り込んできたのは、川田という奴だった。
「ちげぇよ。昨日のテロの話だって。」
加藤と川田は同じ中学校で仲が良かったらしい。
どうもこの川田はおしゃべりで人の噂話が好きらしい。
「あれ、お前の後ろのかわいい子は?」
「あぁ、ハチ…黒川?」
「そうそう!ま、まさかテロに巻き込まれたんじゃ!?」
川田の一人推理が始まった。
「大丈夫でしょ。ただのサボリじゃない?」
とっさの俺のフォローは川田には届かなかった。
「明日も来ないとなると…ますますだな。」
探偵気取りで川田は腕組みをした。

学校が終わるとまた女の話をして3人で駅まで帰った。
川田の話によると、どうやらC組に学年1かわいい女の子がいるらしい。
「明日見に行こうぜ!」
「いいねぇ。」
加藤と川田の会話を聞いていると、とても平和な世界にいるように感じた。

「ほら零騎!病院いくよ!」
「やだよ。注射嫌いだもん。」
「大丈夫よ。今日は注射しないから。」
「嘘つかない?」
「大丈夫、約束。」
「約束は破っちゃいけないんだよ。ほんとに注射しない?」
「大丈夫、ママを信じて。」
「うん。」
母は俺の文字が見えるという発言をひどく気にかけていた。
脳に障害があるのではと、精神科に相談したのが悲劇の始まりだった。
精神科での検査は異常なし。
その後、総合病院に連れて行かれ精密検査を受けさせられた。
精密検査の結果『遺伝子に欠陥』があると医師は母親に告げた。
その夜、母親と義理の父はなぜか殺された。
幼い俺に残った記憶は、まるで時間が止まったかのような静かな空間と、ベットの下から見た母親と父親の…



バラバラになった体。

バサッ!
またあの夢か…

「零騎~いつまで寝てるの!遅くまでゲームばっかりやってるからこうなるのよ!春休みはもう終わったのよ!ほら起きなさい!」

いつもの口うるさい義母の声が聞こえた
「やべぇ!!わかったよ!起きた起きた!」



今日から俺は高校生になる。
学校は家から電車で30分のところにある私立校。
小、中学校でいじめられていた俺を思って、義理の母が知り合いのいない学校を選んでくれた。
いじめられていた原因は俺が嘘つきだったから。
けど俺は嘘を付いていない。
みんなには見えていないだけだ。

新しい学校に入学するにあたって、母は俺に一つだけ約束を言いつけた。
それは、『文字の話はしない』。
ただそれだけだった。
もちろん、俺もいじめられたくはない。
その約束を守ると誓った。

入学式を終え、生徒は各教室へ散った。
配られた紙を見ると、俺はE 組だった。
席は廊下側の後ろから2番目。
教室に入るとみんな本当に知らない顔だらけだった。
みんな緊張しているせいなのか誰も隣と話そうとしない。
ただ前を見ていた。
とても微妙な空気だった。

5分ほどすると、たくさんのプリントを持った担任が教室に入ってきた。
若そうな先生だ。
そして担任の一声で自己紹介が始まった。
まずは担任。
「まずは入学おめでとう。これから1年間、君たちの担任となる小原雄二だ。君たちはこれから正帝高校の生徒として・・・」
どうやら話すのが好きな先生らしい。
それにしても長い。
周りを見渡すと、隣の奴はすでに寝ていた。
やっと担任の話が終わると次は生徒たちの自己紹介が始まった。
「…この正帝中学校でたくさん友達を作れるように頑張りたいです。」
みんな大したことを話していない。
前のやつが終わると次は俺の番だ。

「白石 零騎です。趣味は音楽です。皆さんこれからよろしくお願いします。」
特に当たり障りのない自己紹介を終え、次の奴で最後となった。

「どーも 黒川 八姫でーす。この中に文字が見える人いますかぁ!?」
後ろの子はペンダントを外しながらしゃべりだした

俺は耳を疑った。
振り返ると、そこには華奢な女の子がいた。
そして彼女は俺に向かって言った。
「あれ?なんで文字無いの?」
俺も驚いた。
彼女の文字は見たこともない文字で全て黒だったからだ。

彼女も相当驚いていた。
「黒川さん…ちゃんと自己紹介してくれるかなぁ…?」
担任がひきつった顔でいった。
「あっはい!趣味は人間鑑賞です。おわり!」
そして全員の自己紹介は終わった。
担任は明日からの日程などを話し始めた。
「ねぇねぇ。シロっちも文字見えるんでしょ!?」
こそこそと後ろの子が話しかけてきた。
「シロっち?って俺のこと?」
彼女はうなずいた。
「文字…君の言っている事がよくわからないんだけど。」
そう俺は嘘をついた。
「何も知らないんだね。」
そう言うと彼女は頬杖をついて横を向いてしまった。
なんだ?こいつ…。
気になったが聞けなかった。
文字のことには関わりたくなかったからだ

休み時間に入りみんなそれぞれ番号の交換を始めた。
おれはただ一人ポツンと座っていたその後ろには大勢の男子生徒が集まっていた。
すると俺に隣の席の男子が話しかけてきた。
「白石だっけ?」
「う、うん。」
担任の自己紹介中に寝てたやつだ。
「俺、加藤睦月!よろしくな!前なんか楽器やってる?」
「まぁかじる程度にドラムやってる」
「いやぁ自己紹介の時『趣味は音楽です』って言ってたからさ、んで、俺達バンド組まない?ここの軽音部って超有名らしいぜぇ!」
今思うとこいつが初めての友達だったのかもしれない。

学校の初日は午前中で終わり、駅まで加藤と帰ることになった。
「いやぁさ、お前の後ろの子超可愛くない!?」
確かにかわいい。が、あまり本音を言いたくなかった。
「そうかぁ?俺はもうちょっとボンキュッボンが好きなんだけどなぁw」
そう言って俺はごまかした。
「ははははは!中1でボンキュッボンはいねえよwけど黒川さんだっけ?なんか雰囲気独特だよなぁ。あと、あの子も可愛かったぞ窓側の…」
そんな感じでクラスの女の子について話しながら駅へと向かった。
駅で別れ、それぞれ反対の電車に乗った。

一人になっていろいろと考えた。
なんで彼女の文字は黒だったのか。
あの文字は何なんだ。
いままで見たことがない文字だ。
何語だろう。
字というよりは絵に近かったな。
何も知らないって、あいつは何を知ってるんだ。
俺には文字がないのか…
そういえば自分自身の文字なんて考えたこともなかったな。
そもそもこの文字は何なんだ。
みんな文字がバラバラだ。
そう思いながら周りの乗客を見回した。
なんなんだ…
いったい…
初日の緊張感、電車の揺れ、前日の徹夜ゲーム三昧のおかげですっかり眠りについてしまった。
「次は西平久米~西平久米~終点です。」
うぁ!完全に乗り過ごしてしまった。

仕方なく反対ホームに行き電車に乗った。
帰って昨日のゲームの続きをしようと思ってたのに。
「…ではテロ警戒のため駅構内の警備強化に…」
「よぅシロっち!」
突然頭を蹴られた。
上を向くと、吊革にぶら下がった女の子がいた。
「く、黒川?」
「ハチでいいよ!そっちのが呼ばれ慣れてるし。」
そして彼女は隣に座った。
「みんなハチハチって呼ぶんだよんね。小学校の時、卒業式でまで黒川ハチって呼ばれたんだよ!あたしはヤヒメじゃい!…っで何やってるの?」
「いや…」
まさか文字のこと考えてたなんて言えないし…
「寝ちゃって乗り過ごしちゃった。あはははは。黒川も乗り過ごしたの?」
「違うよ。ってかハチでいいって言ったじゃん!」
「あぁごめん。じゃあハチは何やってるの?」
「お仕事!」
「はぁ…?何の仕事だよ?」
「まぁ、最適化ってとこかな。」
「全然意味わかんないよ。」
「見えない人には関係なーいの。」
完全に嘘は見破られているようだった。
そう言うと彼女は周りをきょろきょろ見回した。
「そろそろ降りなきゃ。」
「おぅ、じゃあな。」
「違うよ、シロっちも降りるんだよ!」
「なんでだよ。俺まだ…」
「いいから降―りーるーよ!!」
強引に降ろされてしまった。
「なんなんだよ!」
「だって降りなきゃ死んじゃうんだよ。」
「はぁ?さっきから何言ってるんだよ!?」
彼女は言った。
「私が殺してるの。」
何を意味のわからないこと、と思ったその時。
ホームの端にある暗いトンネルが赤白く光った。
その3秒後、遠くの爆音が地下のホームに轟いた。
そして強く温かい風が吹いた。
辺りは騒然とした。

俺も訳が分からず、ただ呆然と立ち尽くした。

ふと彼女を見ると、彼女はとても悲しい眼をしていた。



しばらくすると警察隊があらわれ、俺達は駅の外に追い出された。
空は取材ヘリで混み合っていた。
彼女は俯いたまま言った。
「じゃあね。ばいばい。」
俺は何も言えないまま彼女を見送った。

それから8駅、歩いて帰った。
やはりどの駅も全て封鎖されていた。

彼女は何なのか。
『私が殺してるの』って何をしたんだ。
ますます訳が分からなくなり、混乱した。
ヘリの音がただただうるさかった。



家に着くと母がぐちゃぐちゃの顔で俺の帰りを待っていた。
俺を抱きしめるや否や、すぐさま父に電話をかけ、父は飛んで戻ってきた。
大の大人が二人して大泣きをしていた。