「ほら零騎!病院いくよ!」
「やだよ。注射嫌いだもん。」
「大丈夫よ。今日は注射しないから。」
「嘘つかない?」
「大丈夫、約束。」
「約束は破っちゃいけないんだよ。ほんとに注射しない?」
「大丈夫、ママを信じて。」
「うん。」
母は俺の文字が見えるという発言をひどく気にかけていた。
脳に障害があるのではと、精神科に相談したのが悲劇の始まりだった。
精神科での検査は異常なし。
その後、総合病院に連れて行かれ精密検査を受けさせられた。
精密検査の結果『遺伝子に欠陥』があると医師は母親に告げた。
その夜、母親と義理の父はなぜか殺された。
幼い俺に残った記憶は、まるで時間が止まったかのような静かな空間と、ベットの下から見た母親と父親の…
バラバラになった体。
バサッ!
またあの夢か…
「零騎~いつまで寝てるの!遅くまでゲームばっかりやってるからこうなるのよ!春休みはもう終わったのよ!ほら起きなさい!」
いつもの口うるさい義母の声が聞こえた
「やべぇ!!わかったよ!起きた起きた!」
今日から俺は高校生になる。
学校は家から電車で30分のところにある私立校。
小、中学校でいじめられていた俺を思って、義理の母が知り合いのいない学校を選んでくれた。
いじめられていた原因は俺が嘘つきだったから。
けど俺は嘘を付いていない。
みんなには見えていないだけだ。
新しい学校に入学するにあたって、母は俺に一つだけ約束を言いつけた。
それは、『文字の話はしない』。
ただそれだけだった。
もちろん、俺もいじめられたくはない。
その約束を守ると誓った。
入学式を終え、生徒は各教室へ散った。
配られた紙を見ると、俺はE 組だった。
席は廊下側の後ろから2番目。
教室に入るとみんな本当に知らない顔だらけだった。
みんな緊張しているせいなのか誰も隣と話そうとしない。
ただ前を見ていた。
とても微妙な空気だった。
5分ほどすると、たくさんのプリントを持った担任が教室に入ってきた。
若そうな先生だ。
そして担任の一声で自己紹介が始まった。
まずは担任。
「まずは入学おめでとう。これから1年間、君たちの担任となる小原雄二だ。君たちはこれから正帝高校の生徒として・・・」
どうやら話すのが好きな先生らしい。
それにしても長い。
周りを見渡すと、隣の奴はすでに寝ていた。
やっと担任の話が終わると次は生徒たちの自己紹介が始まった。
「…この正帝中学校でたくさん友達を作れるように頑張りたいです。」
みんな大したことを話していない。
前のやつが終わると次は俺の番だ。
「白石 零騎です。趣味は音楽です。皆さんこれからよろしくお願いします。」
特に当たり障りのない自己紹介を終え、次の奴で最後となった。
「どーも 黒川 八姫でーす。この中に文字が見える人いますかぁ!?」
後ろの子はペンダントを外しながらしゃべりだした
俺は耳を疑った。
振り返ると、そこには華奢な女の子がいた。
そして彼女は俺に向かって言った。
「あれ?なんで文字無いの?」
俺も驚いた。
彼女の文字は見たこともない文字で全て黒だったからだ。
彼女も相当驚いていた。
「黒川さん…ちゃんと自己紹介してくれるかなぁ…?」
担任がひきつった顔でいった。
「あっはい!趣味は人間鑑賞です。おわり!」
そして全員の自己紹介は終わった。
担任は明日からの日程などを話し始めた。
「ねぇねぇ。シロっちも文字見えるんでしょ!?」
こそこそと後ろの子が話しかけてきた。
「シロっち?って俺のこと?」
彼女はうなずいた。
「文字…君の言っている事がよくわからないんだけど。」
そう俺は嘘をついた。
「何も知らないんだね。」
そう言うと彼女は頬杖をついて横を向いてしまった。
なんだ?こいつ…。
気になったが聞けなかった。
文字のことには関わりたくなかったからだ
休み時間に入りみんなそれぞれ番号の交換を始めた。
おれはただ一人ポツンと座っていたその後ろには大勢の男子生徒が集まっていた。
すると俺に隣の席の男子が話しかけてきた。
「白石だっけ?」
「う、うん。」
担任の自己紹介中に寝てたやつだ。
「俺、加藤睦月!よろしくな!前なんか楽器やってる?」
「まぁかじる程度にドラムやってる」
「いやぁ自己紹介の時『趣味は音楽です』って言ってたからさ、んで、俺達バンド組まない?ここの軽音部って超有名らしいぜぇ!」
今思うとこいつが初めての友達だったのかもしれない。
学校の初日は午前中で終わり、駅まで加藤と帰ることになった。
「いやぁさ、お前の後ろの子超可愛くない!?」
確かにかわいい。が、あまり本音を言いたくなかった。
「そうかぁ?俺はもうちょっとボンキュッボンが好きなんだけどなぁw」
そう言って俺はごまかした。
「ははははは!中1でボンキュッボンはいねえよwけど黒川さんだっけ?なんか雰囲気独特だよなぁ。あと、あの子も可愛かったぞ窓側の…」
そんな感じでクラスの女の子について話しながら駅へと向かった。
駅で別れ、それぞれ反対の電車に乗った。
一人になっていろいろと考えた。
なんで彼女の文字は黒だったのか。
あの文字は何なんだ。
いままで見たことがない文字だ。
何語だろう。
字というよりは絵に近かったな。
何も知らないって、あいつは何を知ってるんだ。
俺には文字がないのか…
そういえば自分自身の文字なんて考えたこともなかったな。
そもそもこの文字は何なんだ。
みんな文字がバラバラだ。
そう思いながら周りの乗客を見回した。
なんなんだ…
いったい…
初日の緊張感、電車の揺れ、前日の徹夜ゲーム三昧のおかげですっかり眠りについてしまった。
「次は西平久米~西平久米~終点です。」
うぁ!完全に乗り過ごしてしまった。
仕方なく反対ホームに行き電車に乗った。
帰って昨日のゲームの続きをしようと思ってたのに。
「…ではテロ警戒のため駅構内の警備強化に…」
「よぅシロっち!」
突然頭を蹴られた。
上を向くと、吊革にぶら下がった女の子がいた。
「く、黒川?」
「ハチでいいよ!そっちのが呼ばれ慣れてるし。」
そして彼女は隣に座った。
「みんなハチハチって呼ぶんだよんね。小学校の時、卒業式でまで黒川ハチって呼ばれたんだよ!あたしはヤヒメじゃい!…っで何やってるの?」
「いや…」
まさか文字のこと考えてたなんて言えないし…
「寝ちゃって乗り過ごしちゃった。あはははは。黒川も乗り過ごしたの?」
「違うよ。ってかハチでいいって言ったじゃん!」
「あぁごめん。じゃあハチは何やってるの?」
「お仕事!」
「はぁ…?何の仕事だよ?」
「まぁ、最適化ってとこかな。」
「全然意味わかんないよ。」
「見えない人には関係なーいの。」
完全に嘘は見破られているようだった。
そう言うと彼女は周りをきょろきょろ見回した。
「そろそろ降りなきゃ。」
「おぅ、じゃあな。」
「違うよ、シロっちも降りるんだよ!」
「なんでだよ。俺まだ…」
「いいから降―りーるーよ!!」
強引に降ろされてしまった。
「なんなんだよ!」
「だって降りなきゃ死んじゃうんだよ。」
「はぁ?さっきから何言ってるんだよ!?」
彼女は言った。
「私が殺してるの。」
何を意味のわからないこと、と思ったその時。
ホームの端にある暗いトンネルが赤白く光った。
その3秒後、遠くの爆音が地下のホームに轟いた。
そして強く温かい風が吹いた。
辺りは騒然とした。
俺も訳が分からず、ただ呆然と立ち尽くした。
ふと彼女を見ると、彼女はとても悲しい眼をしていた。
しばらくすると警察隊があらわれ、俺達は駅の外に追い出された。
空は取材ヘリで混み合っていた。
彼女は俯いたまま言った。
「じゃあね。ばいばい。」
俺は何も言えないまま彼女を見送った。
それから8駅、歩いて帰った。
やはりどの駅も全て封鎖されていた。
彼女は何なのか。
『私が殺してるの』って何をしたんだ。
ますます訳が分からなくなり、混乱した。
ヘリの音がただただうるさかった。
家に着くと母がぐちゃぐちゃの顔で俺の帰りを待っていた。
俺を抱きしめるや否や、すぐさま父に電話をかけ、父は飛んで戻ってきた。
大の大人が二人して大泣きをしていた。