先日、お笑いタレントのエド・はるみさんのドラマがTVでやっていました。


女優という夢を実現させるために、日々パソコンのインストラクターで日銭を稼ぎながら


一人の芝居をやって、一人で芝居のチケットを売って、プロモーション活動も一人でやって…


正直すごすぎると思う。


どんなに相手にバカにされても、相手されへんかっても、全く信念を曲げない。


けなされて、めげてしまったときは、


目覚まし時計と鏡とティッシュを置いて、時間を決めて思いっきり泣く。


どこまですごいねん…(´ー`;)


NSCに入って、「おばさん女終わってるんだろ?」と同期の男の子にからかわれたとき


「そうか、自分の受け止め方を変えればいいんだ」と気づく。


また同じようにからかわれたとき、ここぞとばかりに、


「あ~ら、おこちゃまね~。おっぱいのみたいの~?」


というギャグが生まれた


これこそ、ピンチはチャンスやね。



また、毎日学校の掃除をやっていると、


「私の仕事取らないでよ~」とそうじのおばちゃんに文句を言われる。


「仕事を取ろうと思ってやってないんですよ。

じゃあ、○○さんの浮いた時間で、私のギャグを見て感想を聞かせてください!」


と掃除のおばちゃんを味方につけ、日々客側の意見をとりいれることに成功。


普通はココまでしませんよね。


おもいっきりサクセスストーリーですね。



プラスにしか受け止められない状態の脳になっているんですよね。


これは明確な夢・目標に向かうことで、起こる状態なんちゃうかなと思います。

師匠から、「おめぇの落語はおもしろくねぇな」って言われたといいます。


そんな絶対的な師匠から、絶対的な否定の言葉を言われたら、誰もが、


「落語やめよう」と思うはずですよね?ところがこの人は違ったみたいです。


茂木健一郎:「師匠にそんなこと言われて、やめようと思わなかったんですか?

小山治:「それは思わなかったですね。自分がやりたくて始めた落語ですから


ここまで絶対的な覚悟をもって自分の仕事をやっている人ってどれだけいるんでしょうか?


しかもこの方は、リウマチなどの重病をかかえています。


マッサージなどの体のメンテナンスをしながらの公演です。


そのときにふとこんなセリフを言いました。


「お客さんの反応って大きいんですよね。

客席から自分をはげましてくれている。

それがなかったらどうだったんでしょうかね?

ただただ、さびしい闘病生活かな。」


普通は、重病をかかえていたら、ただその重病に真正面に向き合ってしまって、


療養に専念して・・・という形になって、他の仕事をするということは、考えられないはず。


そこを逆転の発想で、仕事があるから闘病にも耐えられると。


やっぱりここまで上り詰める人は、タダ者じゃないなと(^-^;)

今日は同友会のオリエンテーションに出席しました。


新入会の方が多くてテーブル討論も新入会の方を中心に話をしました。


その中で、本業の石屋をやっていて苦しくなってきたので、


リサイクル業を始めたけど、それも苦しくなって、


また海外の事業に乗り出して、技術提供で収益を上げようとしている・・・


という方がいらっしゃいました。


チャレンジ精神と、外向きの行動経営は、すごい!と思いました。


しかし、それとともに、「もったいない」とも思いました。


本業が外的要因で苦しくなったら、変革のチャンスなのに、別事業に乗り出したのは、


攻めの経営とも言えるけども、逃げ出したようにもみえます。


「本当に、手は尽くしたか?」と聞くとどうこたえるでしょうか?


たぶん「外的要因やからウチはどうしようもない」と言うか、


「手は尽くしたんやけど、もう切羽詰まってたんや。」と答えるか


どちらかでしょう。


そこに現状への感謝の念と、従業員への敬いの気持ちがあれば、もっと別の切り口が見いだせたかもしれません。


心・技・体といいますが、チャレンジ精神と、外向きの行動と、感謝する心が、三位一体となっていれば、必ずチャンスの光が見えるのだと思います。