必要な言葉
どうやらわたしは
「前向きでポジティブ」
な人に見えるらしい
最近(2ヶ月ほど前から)
Facebookを始めてからは特に
活動的でエネルギッシュ
な人間だと
思われるようだ。
あまり何も考えてなさそうところ
やりたいと思ったことを思いつきで
やっちゃうところ
ノー天気そうなところが
そう見えるのかもしれない
そういや、最近、友人から
「同じ悩みを何回もウダウダ言うてたら
喝を入れられそうな気がした」
と言われた。
いやいやいやいや
わたし、物心ついたときからこの歳まで
ほんま最近までの何十年間もずーっと
同じデブ問題で悩んできたんやでー!
しかもまだダイエットの途中やでー!
言うたらウダウダ師匠やで!
そんなん怒るわけないですやん!
わたしの心の師は
壁は乗り越えずに迂回せよ!の
月亭八方師匠やで
(ああ何度聞いても名言
)
ポジティブが信条なわけないですやん!
しかも未だに痩せてないからね〜
でも今は悩んでないから
問題ナッシング!!


そんなポジティブorネガティブの話から
こんな話になった。
彼女は数年前にガンを患い、手術した経験が
あるのだが、彼女いわく…
同じ病気になった芸能人の
「ポジティブブログ(発言)が
しんどい」
同じ病気だからといって、誰もが
共感できるわけではない、と。
そのメッセージが必要な人がいて
励まされる人がたくさんいることはわかる。
でも、症状が、ステージがより深刻な彼女たちが、ポジティブになればなるほど
「がんばれない」「落ち込んでしまう」自分
を責めてしまう…
なんなら家族など近い人から実際に
「お前は〇〇(芸能人)よりもマシなんやから〜(だからがんばれ!ワガママ言うな!)」的なことも言われてしまったりするのだ
わたしはただ聞くことしか出来なかった。
じゃあ、そんなブログ読まなきゃええやん!
と思われるかもしれないが
有名人になると、そのブログや発言が
テレビ、ネット、雑誌…いろんなメディアで取り上げられる。
その結果、内容を知らない人、知りたくない人の耳にも否応なしに入ってきてしまうのだ
世間では「ポジティブ」「頑張っている」とされる、その発言に、ブログの内容に
同じ病気の人たちが
モヤモヤ、イライラしてしまう…
うーーーん
ちょっと話は違うかもしれないが
最近、わたしもある人のお話を伺って
モヤモヤ、イライラすることがあった。
先月、子育て専門のカウンセラーさんが
子育て本を出版され、
その宣伝をされている場に居合わせた。
お話の中で
「この本を書いている最中に、中学生の子どもが『死にたい』とか言い出して…すっごく困って、うろたえちゃって…」
「私、カウンセラーしてるのに〜」
「子育て本まで書いてるのに〜」
一時は本が書けなくなってしまったらしい。
「こんなことで悩むなんてカウンセラー失格!」
「子育て本を書く資格なんてない!」
正直「は?
」と思った。
「カウンセラーしてるのに」
「子育て本書いているのに」
それ要る??
子育てのカウンセラーしてようが
子育て本を書いてようが
目の前で自分の子どもに「死にたい」なんて
言われたらそりゃパニックになるやろが!
わたしの(子育ての)何がいけなかったのか!
とかいっぱい考えるやろが!悩むやろが!
よその子やったら好きなこと言えるわい!
わが子やぞ!
オロオロとうろたえて当然やろが!
カウンセラーしてたら
本書いてたら
悟りが開けるとでも思ってたんか!
「あーわたし、いまだに
こういうことで悩むんだー」
「オロオロしちゃうんだー」
「ほんとまだまだだよねー」
い〜じょ
これでよくね??
もういい加減、自分責めるのやめようや
「わたしってば、まだまだ未熟者。てへ
」
って笑い飛ばそうや!
なんか自分でもビックリするくらい
イラ〜ッ
と反応してしまった。
でも、この方のお話を聞いて
わたしとは違う反応をする人もいた。
「あーこんなカウンセラーまでする人が
子育て本まで書く人がまだまだこんなことで
悩むんだ」と、逆に安堵する、ホッとする。
「わたしと一緒やん!」
「わたしも大丈夫やん!」
と励まされる人もいるのだ!
そのとき、気づいた。
同じ言葉を聞いて
「イラッと」する人もいたら
「ホッと」する人もいる。
そうか!その言葉を
必要な人と
必要でない人がいる。
わたしには必要なかっただけ。
だからわたしがイラッとしてしまうのは
仕方がない。
そこで自分を責める必要はない。
ただ「こういう風に考えてよ!」
「そんなこと言わないでよ!」
と相手に求めるのは完全なお門違いだ!
その言葉が必要な人もいる。
その言葉にホッとし、救われる人がいる。
言葉を発している人たちも伝えることで
お役目を果たしているだけなのだ。
自分には必要のない言葉が届き
そんな言葉に必要以上に反応したり
傷ついてしまうわたしがいる。
誰が悪いわけではない。
そんなときはそっと自分自身を抱きしめて
「わたしには必要ありませんでした。
どうか必要な人に届きますように!」
で、いいのだ!
そして、そっと手放そう
そもそも「わたしには必要なかった」の??
いや!こうして大事なことに
気づかせてくれたのだから
わたしにとっても必要な言葉だったのだ!
まっ、今だからそう思えるのだけどね
ホント人生に無駄なことは起きないな
今日も学ばせていただきました
ありがとう
折れた耳がかわいい
令和元年5月5日:今日のチャレンジ
「必要のない言葉を手放す」
「必要ないと思ってた言葉を受け入れる」
人生を楽しむコツ
令和2日目
改元フィーバー、ちょっとは
落ち着いてきたのかな?
令和元日の昨日は
朝、近所の神社にお参りして
午後からは人混みの梅田へお出かけ

お目当てはインスタで大人気!
90歳自撮りおばあちゃん
『西本喜美子さんのトークショー』
ホントちっちゃくてかわいらしいのに
中身はめちゃめちゃパワフル&スピーディ
なんと結婚前は美容師から競輪選手へという
驚きの転職経験まであるというツワモノ
弟さんが競輪選手で、レースのために
日本中を周る、そんな生活を見てて
自分もやりたくなっちゃったんだって!
写真は70歳を越えてから始めたし
パソコンで加工や編集もやっちゃう
パソコン使えるかなー?と心配だったけど
とりあえずやってみたら出来ちゃった
自宅に撮影スタジオまで作っちゃった
ものすごーく好奇心旺盛で
ふと思いついたら、即やっちゃう
とりあえずやっちゃう
発想力、アイデア、行動力。どれも
推定年齢20歳だね!ありゃ
フットワークもチョー軽い

もー何にでも興味があるんだって
今月、91歳のお誕生日を迎えられますが
今からなんでもチャレンジする
と宣言されてました


「やってみて無理やったり
おもんなかったら
やめたらいい」
ほんまおっしゃる通り
いちばん印象に残ったお言葉は
「恥とか外聞とか、
もう捨てちゃったの」
そう!結局は
恥をかけるかどうか!
その覚悟があるかどうか!
そこだよねー!!
あーもーめちゃめちゃ勉強になりました〜
ものすごく参考になったし、
単純に元気が出た
本当に素敵なお姉さまでした
パイセン、あざーっす
帰ったら娘から手作りの誕生日プレゼント
と感謝状までもらっちゃった
今日も愛がいっぱいだ
と感激してたら
この感謝状、家庭科の宿題らしく
もらった感想を書け!と言われた
めんどくせー
今日は京都で友人とランチ
バス停の長蛇の列を見て
GWを実感したなぁ
令和元年5月1日:今日のチャレンジ
「人生の大先輩のお話を聞く」
”平成最後の御陰参り”
平成最後の日が平成最後の誕生日
まさに奇跡
もうね!50年近く生きてて
4月30日がこんなにも注目された年は
なかった!!
今まではGWに巻き込まれながらも
休日になったり、ならなかったりの
ほんま中途半端な扱いで…

おまけに昭和時代は
4月29日が天皇誕生日だったので
その次の日なんて、なんか「じゃない方」
みたいな扱いを受けたり…ね

それがそれが…
なんと昨日はまるで大晦日のような
特別な1日にランクアップ!!
ここまでとはいかなくても
こうなることは十分予想できていた!
こんなチャンス二度とない!
だから、今年の誕生日は絶対特別なものに
したい
と思った訳ですよ!
だからお伊勢さんに御陰参りに行こう!
そう決めたのですよ!
軽くて、欲まみれで、邪で
そんな気持ちで決めた今回のお伊勢さん。
なんなら「感謝もついでにできるしね」
と「感謝」をおまけ扱いして
ほんまバチ当たりもええとこ!
そんな正直、よくわからないまま
参加を決めたのがコチラ
特別な体験をさせていただいていることは
重々わかっているのですよ。
感謝の気持ちはただただ
湧いてくるし、あふれてくる。
ものすごい奇跡と
ものすごい偶然の重なり合いで
わたしはここに来させていただいた
そのこともよくわかっている。
でも、ほかの参加者さんが感想で
書かれているような
「感謝と感動で涙があふれて…」とか
正直、わたしはあまりなかった。
特別な場にいさせてもらって
特別な体験をさせてもらっているのに
ずっと平常心。
特別参拝のときもそう。
ただ、普段ならここでしょうもない罪悪感に
まみれてしまったのかもしれないけど
ありがたいことに今回はそれも一切なかった
終始わたしが感じていたことは
今、わたしがここにいる。
それがすべて。
みつろうさんの言葉がこだまする。
それ以上でもそれ以下でもない。
ましてや自分は特別な存在だなんて
とんでもない。
ただ、わたしは感謝を捧げるためだけに
ここへ連れてきていただいた。
そして、今、この場にいる。
以上!!
ただそれだけ。
よくわからないけど
そういうお役目を授かったんだと思った。
あ。だから雨の伊勢神宮や
誰かと奇跡の出会いをする
(誰かまではわからなかった)
イメージが浮かんできてたのか!
(わたし普段そういう能力は一切ありません)
あと吉川さんのお言葉にも
救われたんだろうな。
「あなたたちは運が良い!
運がすべて!徳よりも!」
わたしには徳はないが運はある!
きっと「運の急上昇ランキング」なら
あの場にいた誰よりも良かったはずだ!
上記の通り、行くまではわたしの関心は
4月30日しかなかったんですよ。
だから本日5月1日の正式参拝は
当然のようにスルーさせていただいて
昨日のうちに帰宅しました。
今日Facebook等でいろんな報告をみてると
「あーーー!行っときゃよかったー!」
なんて思ったりもした。
けどね「行きたかったー!!」じゃない。
「行っておけばよかった」
「もったいないことをした」
なんだな。これが。
はは。やっぱりわたしのお役目は
昨日で終わってたんだな、と
あらためて思いました。
昨日の体験の記憶は薄れていっても
潜在意識がいつまでも覚えてくれている。
細胞レベルでいつまでも身体には
刻み込まれている。
たぶん、わたしはあとでくる。
いつかくる。
きっとくる。
(なんか貞子みたいやけど…)
それが明日なのか、1年後なのか、
10年後なのか…それはわからないけれど。
ああ、そういうことか!
と、腑に落ちるときが。
だから、(あえて言う)こんなわたしが
呼ばれたのか!と。
(もう一度いう)こんなわたしでも
昨日のことを思い出したら
本当に感謝があふれてくる。
もう感謝しかない。
すべての出来事
すべての出会いが
奇跡の連続で
何1つ欠けても
「今のわたし」は存在していない
すべてが必然で不可欠
すべてにありがとう
もうこれしかない
本当に本当にありがとう
ずっとずっとありがとう
今までもこれからもありがとう
ありがとう、みなさん
ありがとう、わたし
ありがとうございます
今もわたしは生きてます
本当にありがとう






