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2011年(平成23年)の長野県北部地震(ながのけんほくぶじしん)
同年3月12日3時59分頃、長野県北部と新潟県中越地方に跨る地域、
長野県下水内郡栄村と新潟県中魚沼郡津南町との県境付近で発生
した地震。逆断層型の内陸地殻内地震で、マグニチュード(M)6.7
(Mw6.35)、最大震度6強。本震に続いてM5以上の2回の余震が
2時間内に相次いで発生した。
2+1+1+3+1+2=10&3+5+9=17
10+17=27
6+7+6+3+5=27
6+5+2+2=15
2+7+2+7+1+5=24・・・2+4=6
3+5+9+1+5=23 (2011/3/12・・・10)
3+6+5+9+6=29&1+3+8+3+5+4+8=32
29+32=61
8+6+7=21
23+10=33(11×3)
61+21=82
3+3+8+2=16(8 8)
1時間23分・・・1+2+3=6
1時間28分・・・1+2+8=11
(Wikipediaより)
高田駐屯地(JGSDF Camp Takada)
新潟県上越市南城3-7-1に所在し、第5施設群などが駐屯する
陸上自衛隊の駐屯地である。
3+7+1=11
3+7+6+1+5=22&1+3+8+1+5+3+2=23
2+2+2+3=9(3×3)(11×3)
(Wikipediaより)
松本駐屯地(JGSDF Camp Matumoto)
長野県松本市高宮西1-1に所在し、第13普通科連隊等が駐屯する
陸上自衛隊の駐屯地である。最寄の演習場は関山演習場。
駐屯地司令は第13普通科連隊長が兼務。
3+6+1+2+3+3=18&1+3+7+5+7+1+5=29
1+8+2+9=20(1 1)
- 駐屯地名
- 那覇駐屯地(なはちゅうとんち)
- 所在地
- 〒901-0192
那覇市鏡水679
- 電話番号
- 098-857-1155
- 部隊・機関
- 第15旅団司令部、第51普通科連隊、第15偵察隊、
- 第15施設中隊、第15通信隊、第15ヘリコプター隊、
- 第15特殊武器防護隊、第15後方支援隊、
- 第101不発弾処理隊、第15音楽隊
- http://www.mod.go.jp/gsdf/station/wa/naha.html
-
9+1+1+9+2=22&6+7+9=22
-
22+22=44(11×4)
-
9+8+8+5+7=37&1+1+5+5=12
-
(3+7 1 2)(10 12 )(2 2)(11×2)
那覇駐屯地
緯度[26.2070401] 経度[127.6624056]
http://chizusyo.xyz/?building=%E9%82%A3%E8%A6%87%E9%A7%90%E5%B1%AF%E5%9C%B0
2+6+2+7+4+1=22(11×2)
1+2+7+6+6+2+4+5+6=39
2+2+3+9=16(8 8)
震度5強 気象庁「1週間程度は最大震度5強程度に注意」

長野県で震度5強の強い揺れを観測した地震について、気象庁の
尾崎友亮地震情報企画官は午後11時15分から記者会見を開き、
「揺れの強かった地域では落石やがけ崩れなどの危険性が高まって
いるおそれがあり、今後の地震活動や雨の降り方に注意してほしい。
1週間程度は最大震度5強程度の地震に注意し、特に今後2~3日
は強い揺れをもたらす地震が発生することが多くあるため注意が
必要だ」と述べました。
そのうえで「震源の近くには複数の活断層があるが、今回の地震と
関係があるかどうかは今後精査しないとわからない。この地域は
7年前の東北沖の巨大地震以降、地震活動が活発になっていて、
今後も同じような規模の地震が起きるおそれがある」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180525/k10011453411000.html?utm_int=news-saigai_contents_list-items_008
5+1+5=11
5+1+1+1+5=13
1+2+3+7=13
(13 13)(4 4)(11×4)
日本海中部地震35年 津波犠牲者を遺族が追悼 秋田
5月26日 16時40分
104人が犠牲となった日本海中部地震から26日で35年となり、
小学生13人が津波に襲われた秋田県男鹿市の海岸では、
遺族が集まって追悼しました。
日本海を震源とする昭和58年の日本海中部地震では、津波
が発生するなどして秋田県と青森県、それに北海道で合わせて
104人が死亡しました。
秋田県男鹿市の加茂青砂海岸では、今の北秋田市から社会科
見学に訪れていた小学生13人が犠牲となり、地震発生から35年
となる26日、海岸近くの慰霊碑の前では、遺族などおよそ30人
が集まって、線香を上げて静かに手を合わせていました。
地震は正午ごろに発生し、直後に津波が押し寄せたため、子ども
たちは海岸で食べるはずだった弁当を口にすることができなかった
ということで、遺族たちは子どもが好きだった料理を詰めたお弁当
を持ち寄って供えていました。
小学5年生だった長女の民子さんを亡くした三浦ハナさん(72)は
「孫6人と一緒に来ました。民子も生きていれば子どもがいたはずだ
と思いました。35年間、毎日忘れることなくともに過ごした気がします
が、亡くなった民子は大きくならず、今も小さなままです」と話していました。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20180526/k10011454111000.html?utm_int=news-saigai_contents_list-items_001
日本海中部地震(にほんかいちゅうぶじしん)
1983年(昭和58年)5月26日11時59分57秒に、秋田県能代市西方沖
80 km(北緯40度21.6分、東経139度4.4分、深さ14 km)の地点で発生
した逆断層型の地震。地震の規模はM7.7(Mw7.7-7.9)。
当時日本海側で発生した最大級の地震であり、秋田県・青森県・山形県
の日本海側で10 mを超える津波による被害が出た。国内での死者は
104人に上り、そのうち100人が津波による犠牲者である。
家屋の全半壊3049棟、船舶沈没または流失706隻。被害総額は約518億円。
1+9+8+3+5+2+6=34
1+1+5+9+5+7=28
34+28=62・・・6+2=8
4+2+1+6=13&1+3+9+4+4=21
13+21=34
8+1+4=13
3+4+1+3=11
7+7+7+7+7+9=44(11×4)
62+34+13+44=153
1+1+4+1=7
153+7=160・・・1+6=7
3+4+9+7+6+5+1+8=43・・・4+3=7
(7 7)(11×7)
4+2+1+4=11
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