シャラポワとチェルノブイリ原発事故 | ☆ sweet home ☆

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テニス=シャラポワが薬物検査で陽性、「大きな過ち犯した」

ロイター 3月8日(火)8時54分配信


[ロサンゼルス 7日 ロイター] -

女子テニスの元世界ランク1位、マリア・シャラポワ(28、ロシア)は

7日、ロサンゼルスで記者会見を開き、1月の全豪オープンでの薬

物検査で陽性反応を示していたことを明かした。国際テニス連盟

(ITF)によると、3月12日付で暫定的な出場停止処分を科すという。

シャラポワは体調不良になることが増えた10年前から、メルドニウ

ムという薬物を使用していたという。メルドニウムは今年から世界反

ドーピング機関(WADA)により禁止薬物に指定されていた。

シャラポワは「大きな過ちを犯した。ファン、そしてテニス界を失望さ

せてしまった」とし、「すべての責任は私にある」とコメント。「処分を

受ける覚悟はあるし、このような形で現役生活を終えたくない。再び

プレーするチャンスをもらえることを願っている」と述べた。

ITFが最終判断を下すまで、WADAはこの件に関するコメントは

控えるという。


シャラポワのドーピング陽性発表で、メルドニウムに注目集まる
AFP=時事 3月8日(火)15時43分配信

【AFP=時事】女子テニス選手のマリア・シャラポワ(Maria Sharapova
、ロシア)が7日、全豪オープン(Australian Open Tennis Tournament
2016)のドーピング検査で、検体が禁止薬物に陽性反応を示したと
発表したことを受け、今年1月に世界反ドーピング機関(WADA)の
禁止薬物リストに追加された禁止薬物「メルドニウム(Meldonium)」
に注目が集まっている。

シャラポワが全豪OPでドーピング陽性、暫定的な処分へ

 シャラポワは同日、健康上の理由で2006年から同薬を医師に処方
してもらっていたことを認めたものの、運動能力を向上させるためで
はないとしている。抗虚血薬として知られるメルドニウムは、ラトビア
で製造され、心臓疾患の治療にも用いられているが、米当局からは
承認されていない。

 メルドニウムの摂取により血流が増加し、持久性や運動後の回復
時間が向上する可能性があることが分かっており、「運動能力の向上
を目的にアスリートが使用していることを確認」したため、WADAは同
薬を「経過観察」から「禁止」薬物に変更したという。

 同薬の禁止リスト入りは、昨年9月に承認され、今年1月1日から
効力を発揮している。

 米ロサンゼルス(Los Angele)で行われたシャラポワの衝撃的な発
表に先立ち、ソチ冬季五輪のフィギュアスケート団体戦で、ロシアの
金メダルに貢献したアイスダンスのエカテリーナ・ボブロワ(Ekaterina
Bobrova)が、1月に開催された欧州選手権(ISU European Figure
Skating Championships 2016)のドーピング検査で、メルドニウムに
陽性反応を示したことを確認している。

 今月初めには、昨年の東京マラソンで優勝したエチオピア人選手、
エンデショー・ネゲセ(Endeshaw Negesse)の検体から、同薬物が検
出されたと報じられている。【翻訳編集】 AFPBB News


シャラポワ 禁止薬物に気付かず、最大で数年間出場停止の可能性
<女子テニス>tennis365.net 3月8日(火)10時49分配信

28歳のシャラポワは、薬物検査でメルドニウムという禁止薬物の陽性
反応が出た。この薬はシャラポワが自身の健康上の問題から10年間
も飲み続けている薬だった。

多くのロシア人アスリートが摂取されていると思われるこのメルドニウ
ムは、今年から世界アンチドーピング機構が禁止薬物として指定した
物だった。シャラポワが言うには、この薬が禁止薬物のリストに今年
から入ったことを気付かなかったと話す。
ミルドネイトとしても知られているメルドニウムは、ラトビアの製薬会社
の製品で、かつてのソビエト連邦ではアスリートの心臓疾患に多く使用
された薬だった。メルドニウムは貧血や血流の低下などに効果的であ
るが、過度に摂取することで運動能力を高めるための成績向上薬にも
成り得るものでもあるとされている。

シャラポワが受けるであろう処分は、最大で数年間の出場停止か、考
えられる最小の物としては故意に摂取したのではなく全くもって自身の
過失であったとする発言を信じてもらえるならば停止処分は下されない
可能性もある。

世界アンチドーピング機構のC・リーディー会長は、通常このメルドニウ
ムの陽性反応が出たアスリートの多くは1年間の出場停止処分が下さ
れると語る。

ITFの反ドーピング・プログラムが出した声明では、シャラポワが一時的
に今週末から公式戦への出場が禁止されるが、事案はまだ検証中で
あるとしている。
今年の1月から禁止薬物と指定されたメルドニウムでは、これまでも多
くのアスリートが検査で陽性反応が出ていた。ウクライナのバイアスロ
ン選手、ロシアの自転車競技のE・ヴォルガノフもそうだった。7日には
アイスダンスのヨーロッパ・チャンピオンだったロシア出身のE・ボブロ
バも地元メディアへメルドニウムの陽性反応が出たことを伝えていた。

シャラポワはこのメルドニウムについて「2006年から幾つかの健康上
の問題から摂取していた。」と語り、その健康上の問題としてはマグネ
シウム不足、通常のインフルエンザ、心臓検査での不規則な結果や、
家族が患っている糖尿病の初期症状などが含まれている。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160308-00010001-tennisnet-spo



華やかさの裏にあった極貧生活。女王マリア・シャラポワ誕生秘話

更新日: 2013年08月22日


シャラポワは華やかな容姿とプレースタイルに加えて、4大大会の女子
シングルスで生涯グランドスラムを達成した実力も備える数少ない女
子テニス選手の一人である。“ロシアの妖精”と呼ばれることが多かった。
ベースライン・プレーヤーで、恵まれた体格を生かした強烈なサーブと
ストロークを武器に、強力なパワーテニスを展開する。身長188cm、
体重59kg。左利きだったというが、矯正で両方使える。バックハンド・
ストロークは両手打ち。

チェルノブイリ事故で生活は一変


出典gigazine.net


もともと、裕福ではない家庭に産まれたシャラポワだが、チェルノブイリ
事故で両親とともに当時悪名高いシベリアへ移住し、非常に苦しい生
活を強いられる。
4歳の頃に父の手ほどきで初めてテニスを始めるが、父はテニスの素
人であったがシャラポワに才能を感じ、独学で必死にテニスを勉強。
『貧乏が理由で才能を潰したくない』と考え、自分の寝る間・食べる分を
惜しんでマリアのテニスに費やしたのであった。

6歳の時、モスクワでエキジビションの試合に出場してマルチナ ナブラ
チロバの目に留り、ナブラチロバから米国へ行くのがベストとの助言を
受けて、父ユーリと6歳のマリアは母を残してわずか900ドルを持って
米国に渡りフロリダのブラーデントンに着いた。

ビザとお金の問題で母と一緒に生活が出来始めたのが2年後であった
が、貧しい生活の中でテニスは続けて9歳になってニック ボロテリー 
テニスアカデミーに入ってさらに上達した。

補足ですが、渡米資金を集める為に親戚に頭を下げて回るも父とマリ
の2人分しか調達出来ずにやむなく2人で渡米。
テニス教室でナブラチロワは当時無名でスクールにも通っていないマ
リアを軽く教える程度で考えていたが、6歳とは思えないプレーに驚き、
本格的に指導。
テニスアカデミーには7歳の時に入学希望を出したが年齢制限&入学
金の不足から一度は断念。
父は入学資金を捻出する為に、言葉の通じないアメリカで朝・昼・夜と
働き続け、寝ず・食べずの生活をしていた。

ニックボロテリーテニスアカデミー

マルチナヒンギス
アンドレアガシ
錦織圭
などを輩出した名門

渡米した後も、マリア・シャラポワのテニス生活が順風満帆に進んだと

いうわけではなかった。言葉も分からず、環境にも馴染めない中で、

いじめられたこともあった。マリア・シャラポワの持つ精神力の強さは、

そうした逆境を乗り越えたことで得られた産物なのかもしれない。

1997年、シャラポワはジュニア選手としては史上初の9歳で、100万

ドルの契約をIMGと結ぶ。このときすでに彼女は、プリンスとの契約で

そのラケットを使っていた。サングラスは、オークレイと契約。

12歳でオーストラリアオープン、ジュニア部門の決勝進出。14歳で

プロ選手となる。2002年、15歳で女子テニスのワールドランキング

入り、532位。それからわずか2年で、ウィンブルドン優勝という、驚異

の飛躍である。

http://matome.naver.jp/odai/2137095402202055101



シャラポワはテニス選手のみならず、ファッションモデル としても多方面

の活動を繰り広げており、女子スポーツ選手としては世界トップの収入

を誇る(スポーツ選手長者番付 )。

2007年 2月14日、シャラポワは国際連合開発計画 親善大使に就任し、

チェルノブイリ原発事故 後遺症に苦しむ祖国ロシア・ベラルーシ

ウクライナ の8つの若者支援プロジェクトに自身の基金から10万ドル

を寄付すると発表した。

2011年の東レ・パンパシフィック・オープンでは、東日本大震災で被災

した福島県の中高生を招き、激励している。

http://www.weblio.jp/wkpja/content/ マリア・シャラポワ_他の活動



(2013年)テレビ朝日系列6月11日放送スクープ映像3時間スペシャル


テレビを見ていなかったのですが、

1986年に起きたチェルノブイリ原発事故。
事故が起きた時、チェルノブイリの事故現場から130㎞しか離れて

いない場所に住んでいたマリアさんの両親。
事故の情報が知らされ始めたのは発生から3日が過ぎた頃からでした。
その時、マリアさんのお母さんは妊娠4ヶ月だったそうです。
お腹の赤ちゃんを気遣ったお父さんはチェルノブイリから3000㎞

離れた西シベリアにあるニャガンへ移住を決意しました。
家を捨て、仕事を捨てて着の身着のまま移住した家族は貧しい生活

を余儀なくされました。
油田の現場に新しい仕事を得たお父さんでしたが、給料は安く日本円

にして13万円程度だったとか。
貧しく幼稚園にも行けず、おもちゃも買ってもらえなかったマリアさん。
おもちゃ代わりに、ラケット(若いころ愛用のお父さんの柄を切った)で

練習していたそうです。

http://www.asyura2.com/09/sports01/msg/485.html




http://matome.naver.jp/odai/2130669023335790401/2130669033735792603


シャラポワ選手、いろいろな苦労があったんですね長音記号2
事の発端はチェリノブイリ原発事故ですよね(><;)
家族も糖尿病のようですし、10年間もメルド二ウム服用とのことなので
公にはしていませんが、彼女自身も糖尿病という可能性がありますね。
188㎝の長身の美しいシャラポワが、病気とも戦っているのが意外でした。
福島でも、糖尿病が増えているそうです。
やはり、原発は人々の健康や幸せを奪うもので必要のない物であること
がよくわかりました幸せクローバー3