こんにちは、談話喫茶”ホーボー軒”へようこそ。
店主のKlavi-Seliにて御座候、どうぞごユルリと☕。
前回、ショパン🎹協奏曲№1, 終楽章のBメロが、長調の主和音に、平行調であるイ短調で出来ている、という現象をご紹介した。
その正反対、イ短調の主メロに、長調の平行調=ハ長調の和音を主和音として当てる、という例もある。
それがシューマン🎹協奏曲の冒頭部。
上段の譜例は、Aメロ。
最初にオケが8小節を奏した後、殆ど其のママを独奏🎹がナゾるのだが、4小節目の和声をオケではイ短調だったのを独奏🎹ではハ長調に変換している。
来れ、中々に違和感あるので、そのイレギュラー性は取り上げられることがある。🄭のライナーノーツに言及されていることもあった。
で、今回はシューマン、別の不思議な例を。
譜例は🎹独奏曲『交響練習曲』からの一節である。
和声構造を把握しやすいよう音域を1Octave下げ、加えて変ニ長調を半音下のハ長調に移調、あ~んど左手はBass Line のみを抜き出してみた。
すると、赤でマーキングした和音は、Ⅱm=Dmへ連なるセカンダリードミナントのⅥ7=A7である。
しかし此処の和音にはA7の3度=c♯が欠落している。
書き落としたのではない。
敢えて省いたのである。
何故か?
まぁ、色んな理由が考えられよう。
シューマン自身の判断は、c♯を省いてもオーディエンスは各自の脳内でA7の響きを補って聴いてくれる事に確信を持っておるのだ。
凄い自信である。
しかし肝心なのは、ソノリティを最優先で重視した、という点だ。
セカンダリー色を前面に打ち出したくないのである。
それがシューマンの美意識なんだから仕方がない、そして・・・
ショパン。
彼も🎹の和音を書く際のソノリティにはメッチャこだわり、
厳格な重ね方のルールに基づいている。
それはシューマンとは決定的に違うセンスだ。
其れについては次回、二人を比較してみたい。
本日はここまで。


