こんにちは、談話喫茶”ホーボー軒”へようこそ。
店主のKlavi-Seli にて御座候、どうぞごユルリと☕。
前回から2か月以上も空けてしまい申し訳ございません。
少し復習してから、宿題の回答を述べて参りましょう。
【譜例①】
👆
ショパン弾きの大家であるアルトゥール・ルービンシュタインが、
古典的流儀からは逸脱した譜割りで弾いているという一例を、
🎹協奏曲№1終楽章Bメロの装飾部で指摘してみたもの。
これを一体、どう捉えるべきか?でした。
もし古典流儀ならば譜割りはどうなるか。
👇の(A)’如くだし、実際ピアニストの大半はそうしている。
【譜例②】
記譜法に従ったショパンの書き譜を、いとも易々と
破ってしまうルービンシュタイン。
では全く自由奔放の勝手な解釈なのか?
記譜法の解読とは別のルールには則っておるのではないだろうか?
古典流儀の(A)’とルービンシュタインの(B)。
一番右側はルービンシュタイン、堂々と白玉2分音符。
16分音符1個分長い尺 …
こういうの、何て言いましたっけ?
「そんなの習ったことも無いし、音楽事典にもAIに質問しても回答しないよ、maybe!」
いんや、訳ないでしょ。
本来の音価よりも長めに取るって、テンポが速まるの?ノロくなるの?どっちよ?
「そりゃあノロくなるに決まってるじゃん … あ、それってもしかして?」
そうよ、どぶろっくの言うってか歌ってる通り、
「ルバート?」
左様!
然り!
そう呼んでも良いじゃあ~んって、マーティー・フリードマンだって言うよ、きっと。
Bメロに突入すると、オケはテンポを大幅に落とす。
それを以て「ルバートする」みたいなライナーノーツも存在するし、
マァ強ち間違いでもないけど、これは単なるリタルダント。
あ~んど、モアスローリーって事。
だからBメロ内ではテンポ、大して伸縮してはいない。
しかし、ルービンシュタインの演奏。
紛れもなくルバート、それも如何にもタコにもって感じの聴覚感だ。
テンポを揺らす=ノロくはしていない。
しかし白玉の2分音符はリアル表示の長さを保っている …
ん?
一体何なんだ?
我々、ルービンシュタインのテンポ感てかリズム感の前に、
なんかとてつもなくバツ&居心地の悪い想いに陥っている。
ひょっとしてルバートって表現方法、全く間違った理解、
というより定義付けに縛られていたんジャマイカ!
だってルービンシュタイン、
インテンポなのに
「ルバート」に聞こえてるんだから。
これで先行する小節の譜割りの崩しも何となく分かってくる。
まとめてみる。
古典流儀の全打音系装飾は、次の小節のド頭にぶち込む。
するとブチ込まれた分だけ、小節内に置かれた♩の音価は短縮する。
これは歌い切れない、という事でもある。
だってそうやん、シッカリ2分音符の指定があるのに、
16分音符1個分短くなってるんだから。
だからルービンシュタインは2分音符の長さを守るべく、
装飾音型たちを前の小節内に押し込めた。
すると当然装飾たちは、
💎狭苦しくなる=歌えない
って事態になる。
そこで其の前のタイで4分音符分の長さを確保している音型に、
16分音符1個分(程度)の短縮型になってもらったのだ。
ルービンシュタインの演奏から導き出される、
🎹演奏に於ける「ルバート」との定義。
それは …
💎インテンポの速度下で旋律を歌い切るために、
書かれた音価を伸縮させる演奏方法。
という事になる。
変えるのはテンポ=速度、では無い。
変えるのは律動(の譜割り)といふ事。
アタオカ呼ばわりしたければ幾らでもどうぞ。
だが伺いましょう。
ルービンシュタイン以外の誰が彼以上に、このBメロを歌わせし也?
その奏法の秘訣の言語化に、オレは数十年かかって、やっとたどり着いたんだわい。
テンポの揺らぎ。
それはクラシック音楽演奏には、確かに欠かせぬ演奏作法。
素養とか教養とかと呼んでも良いだろう(註)。
しかし其れ、ルバートなる表現方法の定義付けとは聊(イササカ)か縁遠き表現技法と心得るべき也と提案し、本日は此処まで。
では又!
(註).ピアニストの読譜力を、吉田秀和は一種の
「教養である」
とポリーニのショパン練習曲集のライナーノーツで語っていました。
色々賛否両論の物議を発する人物でありますが、
これには拙も適切な言い回しであると想ってます。


