がんとの共存ー家族日記 -8ページ目

がんとの共存ー家族日記

淡明細胞肉腫(clear cell sarcoma)ーサルコーマと診断された患者と家族の日記

長い長い一日は野菜スープを作り、作りたてを二人で飲んで終わった。
野菜スープを作っているときに、ふと妻が「明日お墓参りに行こうか?」
と言い出した。よく聞くと、春のお彼岸に行こうと言っていたが、
私の祖父の葬式や今回の震災などでバタバタしていて、行けずにいたことが、
なにか引っ掛かっているようだった。
私も実は少し気になっていたので、「じゃあ行こうか!」ということになった。
翌日は朝早くに自宅を出て、お墓へ車で向かった。
家を出たときには雨がかなり激しく降っていたが、私たちがお墓に着くと
雨が小降りになっていた。
久しぶりの墓参りなので、綺麗に掃除をして花を供えた。
花はひまわりがメインのもので、供えるとパッと明るい感じになった。
感覚的なものだが、ご先祖が喜んでいるような気がした。
妻もかなり満足した様子で、「来てよかったね」と言ってくれた。
帰り道に食事をしていないので、食事をしようかという話をしたが、
前日にファミリーレストランで無理に食べたが、味がほとんど感じられなかった
こともあり、このまま食事をせずに帰ることにした。
前日にはわたしの両親だけでなく、妻の両親にもこの病気のことを電話で伝えていて、
とても心配していただいていた。
そのようなこともあり、この日は帰りに妻の実家に立ち寄ることになっていた。
妻の実家に着くと義理の父母がとても心配そうに私たちを迎え入れてくれた。
いろいろ話をしたと思うが、あまり覚えていない。覚えているのは、
(できるだけ義理の父母には心配をかけないように振舞わないといけない!)
と気を張っていたことくらい…
しかし、ある程度までは気を張っていられたが、さすがに限界…辛くなってきてしまった。
自分のこれからのことへの不安(死への恐怖)が湧き上がってきてしまった。
辛いことを察していただいたのだろう、帰り支度を始めることになった。
私たちが食事をまともにしていないことをおかあさんは察して、
ちらし寿司とおかずを持たせてくれた。
妻の実家から自宅まで帰る車の中で、とてつもな不安が襲い、なんども涙が出た。
自宅に着き、少し落ち着いたところで、おかあさんが持たせてくれた食事をすることにした。
ちらし寿司を一口…
おいしい!味がわかる!
妻も同じように感じたらしく、顔を見合わせた。
そして二人で「おいしいね!おいしいね!」と言ってうれし涙を流した。
義理の父母の気持ちがとても暖かく感じられ、感謝の気持ちでいっぱいになった。
久しぶりにおいしく食事をすることができた。
野菜スープのレシピを紹介しましょう。
人参半分、大根の葉4分の1、大根4分の1、ごぼう4分の1、干し椎茸1枚を
鍋にいれ約3倍の水をいれてはじめは強火で、沸騰したら弱火であくはとらずに
1時間煮てできあがり。
鍋はテフロン加工しているものや、ホーロー鍋はだめで、
ガラスの鍋かアルミの鍋が適しているそうです。
この分量では約1リットルほどしかできないので、我が家ではその倍の分量で
作っています。
その野菜スープは特に癌に効果があるといわれているもので、
数日でがん細胞が消滅したという事例を持つものです。
私たちは次のPET-CTの検査までにこのようなできることをして、
転移リスクを減らすことに集中することにした。
こうして検査までの2週間で免疫強化を目的に過ごす生活が始まった。
実家から車で帰る途中で妻が、「おとうさんから教えてもらった野菜スープを
今日から作ろうよ」と言ってきた。もう時刻は19時半を過ぎていた。
「でも途中のスーパー開いてるかな?」「開いてたら行ってみようか?」
野菜スープには人参、大根、大根の葉、ごぼう、干し椎茸が必要なので、
これが調達できるかが問題だ。
幸いスーパーが開いていた。そして材料は全て揃ったが、問題が一つ
干し椎茸は機械干しではなく、天日干しのものでなければいけないらしく、
売っている椎茸がどちらなのかわからないので、困っていると
妻が干し椎茸の袋に表示のある生産者の電話番号に電話をかけ始めた。
内心(おー!!)と思ってしまった。
そして生産者の方と電話が通じたらしく、干し方を詳細に確認していた。
天日干しの椎茸であることがわかり、材料が全て揃った。
帰宅して、さっそく作ってみた。
詳細なレシピは次回紹介しようと思う。