スピリチャルチルドレンとスピリチャルママの☆つながるblog☆

スピリチャルチルドレンとスピリチャルママの☆つながるblog☆

現実的なわたしがスピな子供の子育ての中でスピに目覚める!
国際認定ヒーラーになりました♡母娘共々進化変容の日々を送っています


テーマ:

前回の続き・・・を頑張って書いたのに、消えてしまったあせる

 

「他のページへ移動しますか?」といきなり出てきたから、

はっきりとした意識で「移動しない」をクリックしたのに、

 

消えた笑い泣き

 

 

たまにあるが、こういうときは、まだ言語化するほど落とし込めていないのだろう。

 

 

 

だから、私のことだけ書きます。

 

 

「夢の守人」を呼んで、私の中の何かが剥がれ落ちました。

 

 

それは、私が「良い悪い」を「優しいか優しくないか」で判断していたと気がついた瞬間であり、

 

 

その基準をもって判断していたために生じていたモヤモヤを取り除くきっかけになりました。

 

 

 

物語の中で、王子が

 

物語というジャンルでは悪役となる(世界をほろぼそうとしている)一の妃のことを

 

 

「でも、一の妃さまは、優しい人だよ。~~そんな呪いのようなことをするなんて・・・」

 

と言ったことに対して

 

 

 

「傷つけられたとき、誰も恨まずにいられるひとはいないだろう。それは心の優しさとは違う 別のものだよ。」

 

と返すセリフがあるのです。

 

 

 

このセリフで、私はハッとしました。

 

 

 

いい人=優しい人だと思っていた人が、裏で人を傷つけるようなことをしていると聞いたとき

 

私はいつもショックでした。

 

 

 

「私にはいい人なのに、そんなことをしたなんて・・・」

 

 

 

「みんないい人だと思っていたのに・・・」

 

 

 

人がわからない。誰を信用していいのかわからないガーン

 

 

 

 

そういう中で作られた壁がありましたチーン

 

 

 

 

今、私の周りの人間関係はいいと思っています。

 

 

でも、完全にこの壁を取り払うことはできなくて、

 

いつこの縁がきれてしまっても傷つかないように、

 

自分を守っている所が、まだまだありました。

 

 

 

誰かが誰かにする行為に、良し悪しのジャッジをするところが私にはあったのだと思います。

 

 

誰かを傷つける行為をする人

 

 

「そういう奴は 信用ならねぇ」

 

 

ってジャッジしてました。

 

 

そして「信用ならねぇ」 の烙印を押しながら、

 

「でもいい人なのに。なぜ??? 私に見る目がないのか?」

 

なんて悶々としていたのです。

 

 

基本は人が好きですからね照れ

 

できれば皆いい人であってほしいのです。

 

 

しかも私自身が心なしにも誰かを傷つけてしまうこともあり

 

そういう自分を

 

「信用ならねぇ」

 

と、自分にジャッジをくだす面もあったのです。

 

 

 

 

母は、

 

「他の人にとってどんな人であれ、自分にとって優しければ、その人はいい人なんだよ。」

 

と幼い頃の私に何度も言っていました。

 

 

 

 

でも私は、自分を守るためにも

 

優しくないことをする人は 要注意人物にしていたのです。

 

 

 

それが、この物語のセリフですっきりしました。

 

 

 

優しい優しくないで判断することが間違っていたことに気がつけたんです。

 

 

 

 

人の中に沸き起こる感情には、良いも悪いもなくて、

 

感情はただ沸き起こるもの。

 

 

 

人の感情にケチをつける人は・・・・・堂々とする人はいないと思う。

 

 

道徳の授業でも、 

誰かが感じたことに○と×はつけない。

 

感じることは自由だから。

 

 

でも、その感情によって起こる行動には○×つけちゃうよねえー

 

 

 

 

 

感情には ” 良いも 悪いも ” ないのに

 

おこないには ”良い行い” と ”悪い行い” があると区別し

 

 

 

感情には ”正しいか 正しくないか” なんてないのに

 

おこないには ”正しい行い” と ”正しくない行い” でジャッジする。

 

 

 

 

そしてそれは 優しさとは別のもの。

 

 

 

 

中庸がいい

 

 

というけれど、

 

 

善悪・良し悪し・優しいか優しくないか・・・etc

 

 

2者択一のようなジャッジを全部なくせたら

 

 

 

どんな世界が待っているんだろう

 

 

すご~~く楽になることは

 

間違いないねウインク

 

 



テーマ:
「本当はね、良いもの悪いもないんだよ」



この言葉は1年前 よく聞いた。



そうだろうなぁとは思うものの

腑に落とすことができないでいた。





癖のように、良い悪いで判断してしまう時があるし、



それができれば  楽になれるだろうけれども




できないから皆 苦しんでいる。




本当は、被害者も加害者もないと言うけれど



苦しい最中にいる人は

そんなこと思えない。




良いも悪いもないのなら、


なぜみんな こうも苦しむのだろう。




自分がずっと、無意識のなかで

そこに目を向け続けてきたことに気がついた。







中学2年の頃、仲良くなった子は

その昔 皆から嫌われていた子だった。




それまで同じクラスになったことがなかったため、詳しいことは知らなかったが


何かしら 皆が何かを言っているのを耳にしたことはあった。




でも彼女はとても気が強くて、いじめられっ子という気配はまるでなかった。

男子に何か言われても言い返してしまう強さがあった。





中2の私は、授業をサボって遊んでいるような子だったから、皆からのはぐれ者という意味で気があったのかもしれない。



 
そんな彼女がある日


教室の真ん中で、その時クラスで嫌われていた女の子をビンタしたガーン




何があったのかは知らない




私はビックリすると同時にショックだった…




理由なんか関係ないと思った



いじめられっ子だった彼女が、いじめられている子をビンタするなんて…

みんなの前で辱められた子はどんな気持ちか…





つい



「ふつう、自分がされて嫌だったことは人にしないんじゃない?」



みたいなことを言ってしまった。


それが当時の私の正義感だった。





でも返ってきた言葉に

返す言葉を失ったポーン





「自分がされたからするんでしょ!!」






強烈だった…






その言葉は何年たっても、20年経ってもなお頭から離れない




離れなかったのは、




それはおかしい!!



そんなのは嫌だ!!



と思いながら






やっぱり人間とはそういうものなのか?




と問いたくなる姿を 見たり聞いたりすることが多かったから。




そう言い切った彼女の苦しさも理解できるようになった。






良いか悪いか





この二つでジャッジしている限り



葛藤は続く




良いも悪いもない





頭ではわかっていても腑におちなかった想い



ようやく


「良いも悪いもないのだ」



と納得できるようになった。






上橋菜穂子さんの「夢の守人」を読んで、、、



続きは次回

テーマ:
ご存知でしょうか?


激しく荒れ狂う感情の全てが、自分のものとは限らない


ということを。




私はイラッとした時、ムカムカしたときに自分のものではない感情を感じる時があります。




なぜわかるのか?



冷静に眺めてみた時に、いつもの自分なら反応しないような出来事に、必要以上に感情が揺さぶられている…ということに気がつくからです。




そんな時、その感情がどこから来たのか探ると、身近な人のものだったり、集合意識と呼ばれるものと繋がっていたりします。




実は意識は水面下で繋がっているのです。





単なる自分自身の怒りの時は、味わって感じる必要がありますが、自分のものではない感情に影響されている時は



「あれ?これ誰のものだろう?これは私の感情なのか?」




と問うと



あっさり治まってしまったりします。




実際の自分の感情と結合していることが多いので、あっさりと言うわけにはいかないかもしれませんが、


その場合も 自分のものではない感情が混じっていることにさえ気がつければ、自分ではないものが外れて、かなり楽になるはずです。




人の感情まで請け負う必要はないですからねにやり



自分の感情だけにフォーカスすればいいのですウインク








怒りだけでなく、不安や恐怖心も同じです。







先日、娘が鰹節削り器で指先を削いでしまいましたゲロー




診療時間を過ぎていたので


救急病院に行くか悩みましたが




経験から、処置さえできれば翌日でも大丈夫だとわかる怪我の程度であり(処置の仕方も知っていて)


スピ娘である娘自身が、
「下手な病院に行くくらいなら明日良い病院に行きたい」

と言い



母娘3人のハイヤーセルフが翌日でいいと言うので、翌日 信頼している病院に行くことにしました。






翌朝、起きて下の娘を送り出し、長女と二人で車に乗ったところまでは冷静だった私ですが



車を走らせはじめた瞬間



恐怖心が出てきましたゲロー



ものすごい恐怖心。





どうしよう!
もっと早くに病院に行かないといけなかったかもしれない。
受診が遅れたせいで何かあったらどうしよう!




「何かあったらどうしよう」

 


あまりにも激しい不安に、




んっ⁈


なんかおかしい


(止血は上手にできたし、体感的な危機感は何も感じてないのに、なぜここまで怖いと思うんだろう?)



と思って覗いてみると

 




母の「何かあったらどうしよう!」

と心配している姿が見えました。



母は持病があり、私を妊娠したとわかった時 堕胎を考えたそうです。
体調が悪化するのが目に見えていたから。



きっとその頃から母はいつも不安と恐怖心を抱えていたのでしょう。





何かあったらどうしよう




母が持ち続けてきた恐怖心。






私のひどい恐怖心は母からのもの。
そして、もっと辿ると集合意識に繋がりました。





そこまでわかると、すっかり楽になってしまい、診察が始まるまでずっと娘と雑談していました照れ





自分の恐怖心だと捉えていたら、きっと 診察が終わるまで不安でたまらなかったはずチーン





昔の私はすごい心配症で



こんなことがあった時には、不安で心配でたまらなくて、診察を待つあいだず〜っと硬まって祈り続けていた。

子供の声もろくに耳に入らないくらいに…




そんな私の姿は、子供からみたら怖かっただろう笑い泣き




嫌な感情を手放すことができたら



すごく楽になります。





感情について知るということは、その第一歩になるんじゃないかなニコニコ







Ameba人気のブログ

Amebaトピックス