前話【ブリザード-4】






その日は商工会の友人とお酒を飲んでいた。

彼女にプロポーズの贈り物を作るのに友人の工房を借りて極秘に制作していたのだ。
今日はそのお礼であった。

友人は無類のお酒好きであり、お酒を飲み干すたびに
「いやーおめーはすげーやつだよ!」
とか
「せかいであんなものをつくれるのはおまえしかいにゃい!」
など、呂律の回らない口調と少ない語彙で僕を褒めちぎってくれた。

「ほめてもなーんにもでねーぞ」
と僕は言ったが、鼻は王城の目の前に迫るぐらい伸びていたことだろう。腕は良いのだ。

そんな時である。

「だめだぁー!もうおしまいだー!」

隣のテーブルで1人、酒をあおっていた若い女性が突然に空いたグラスをテーブルに叩きつけながら叫びだしたのである。

僕は呆気にとられていたが、半分眠りかけていた友人が不意に

「わ、びっくりしたぁー。びっくりさせるなよ、魔女ちゃん」

魔女ちゃん?初めて聞くワードに僕は己の耳を疑ったが、
聞けば彼女は自称魔女の女の子で良くこの酒場でお酒を飲んでいるらしい。

見た目にはお酒を飲める年齢に届いていない様に見えるがなんでも、

「あたしは魔女よ!軽く200年は生きてるわよ!見てなさい!」
との啖呵と渾身の一気飲みを亭主がいたく気に入ったらしく、この酒場で彼女は200歳越えの魔女ちゃんでとおっているらしい。
実に寛容な酒場である。

「で、なーにが、だめだぁー!なんだぁー」
酔った友人が自称魔女に絡んで行くと彼女は涙目で事情を話し出す。

その事情というのが何とも情けないというか荒唐無稽というか。

曰く
魔女には義務がある。

曰く
不幸な人を幸せにしなければならない。

曰く
だが、私に魔力はほとんど残っていない。

曰く
なぜならそのほとんどを面白マジックshowにつぎ込んでしまったから。

曰く
そこで稼いだお金の全てはこの悪魔的琥珀色の液体へと姿を変えてしまったとのこと。

「だって面白マジックshowで人、めっちゃ喜んでたもん!普通あれでOK!ってなるじゃん!なによお金とってるからノーカンて!もう飲むしかないじゃない!」

…ということらしい。要約をしたなら。意味は分かるが、何を言っているのか分からない。僕が酔っているのだろうか?友人は早々に寝息を立てていた。

「でもこれから人を幸せにすればいいんですよね?」

「がーアボンダラァ!このあまちゃん小僧が!わーい100円拾ったぁくらいの幸せ度でいいわけねーだろぅが!どデカイ幸せでなきゃなんないのよ!地獄から天国一直線!みたいな!じゃなきゃ魔女なんかいらねーつっーんだよ!」

「あ、はい。なんかすみません。」

あれ?じゃあ見てないけど、多分、面白マジックshowでもダメじゃね?


「ねー、どっかにいないの?今現在目に見えて超絶不幸のどん底でなんか一発逆転狙えそうな人間ー。アンタ知らない?」






その時、僕はとっさに彼女の名前を出したんだ。
やっぱり、酔いがまわっていたのかもしれない。

最近になって知ったことだが、
彼女は両親を亡くした上に残った家族から虐待を受けていた。
町の人たちからはあらぬ中傷や不名誉な名称で陰口を叩かれたりしていた。

それでも彼女はいつも笑って、朗らかでいた。
僕はそんな彼女が好きで、そして、嫌で、たまらなかった。

愚痴があったら僕には言ってほしかったし、辛い時には泣いてほしかった。
僕は一刻も早く彼女をあの現状から救ってあげたいと思っていた。
彼女に不幸なんて、全くもって似つかわしくない。
彼女の隣には幸せがあり、その隣には僕がいる。
それは強く結びついていて、とても切り離して考えられるものではなかった。

気の早い、そして都合の良い話ではあるが僕は本気でそう考えていたんだ。


あの時彼女の名前を口にしたことが正解だったのか、あるいは、いや、まずもって間違いなくそれは正解以外の何ものでもなかったのだが。

その答えを、ずっと、今をもってしてもずっと、受け止められずにいる。

僕が21歳の、初夏のことであった。









前話【ブリザード-3】



その女性は名前をエラといった。

身なりはみすぼらしいものであったが、淑やかで温厚な、とても美しい人であった。

僕は一目で恋におちた。



僕たちは良く河原でおしゃべりをした。

正直なところ(恋におちた)と言ったところでここまでの人生で恋路について学ぶことなく来てしまったもので、どうしてよいのかめっぽう困っていた。

おしゃべりといっても大抵は
「いい天気ですね」
だとかから始まり、私が仕事の話をしどろもどろで話し、彼女がそれをきいてくれるといった構造になっていた。

それで彼女が楽しめていたかは定かではないが、たわいもない僕の話を毎回、笑って聞いてくれていた。

彼女はいつも仕事に追われていて時間がない中でも僕との時間はとってくれていたので、僕は少しでも楽しい話を用意して行こうと毎回頭を悩ませるようになった。


そんな日が続いたある日のことである。

聞けば彼女は早くに両親を亡くし苦労していると聞いた。

とっさに僕は
「僕なんか2人も父親を亡くしているんですよ、おかしくないですか?」
と言った。

笑い話のつもりで軽い口調で話したのだが、
彼女はじっと、まっすぐにこちらを見つめてきた。
それから、そっと優しく手を握ってくれた。

僕はこの時に初めて涙を流した。

なんでもっと生きてくれなかったのか
なんでもっと褒めてくれなかったのか
なんでもっと言葉をくれなかったのか

なんでもっと優しく出来なかっんだろう
なんでもっと話をしなかったんだろう
なんでもっと寄り添えなかったんだろう


寄る辺もない僕の言葉と涙を、彼女はうんうん、と受け止めてくれた。

思えば人生で誰かに甘えすがりつくことなどなかった。
考えもしなかった。
1人なのだ。
強くあらねばならぬのだと、幼いながらに決意してからこちら、ずっと。


その日、僕は心に決めたのだ。

彼女に結婚を申し込むことを。

僕が21歳の、春のことである。










前話【ブリザード-2】





王都に来たのは、ここであれば仕事には困らないと思ったからである。
実際、こまごまとした諍いはあったがすぐに店を借り、仕事を始めることが出来た。

店は徐々にではあったが、確実に評判になっていった。

自慢ではないが、腕は良いのだ。

商工会の方々とも仲良くやっている。

新しい生活は順調そのものであり、これからはどう店を大きくして行くか、大きな仕事にどう繋げて行くかを思案している時であった。

僕はその女性に出会ったのは。

僕は20歳になっていた。