現実感のない木を見た。

真っ白な幹に、手を広げたような葉をした、大きな木。

それは現実感のない景色でもあった。

現実感とは何かと思いを巡らせて気がつく。

それが私の常識であり、壊れた窓でもある。

窓が割れるまで部屋の中に居たことに気がつかないとは、やれやれ。

なんて思いを巡らせる
私は今も小さな部屋の住人。


粉雪

花弁

手のひら

思い

走るウサギの影の中。




前話【ブリザード-8あるいは0】










あの日、エラの足元にしゃがみこんでいた老婆は、僕からガラスの靴を奪い、走り去っていった魔女本人だったという。

なぜそれが分かったのかというと、
次の日の昼に、バツが悪そうにガラスの靴を半足だけ返しに来た老婆が証言したからだ。


曰く
全魔力を消費しきり、本当の姿に戻ってしまった。

曰く
彼女が王城でガラスの靴の片方を落としてしまったらしく、半足しか返すことが出来ない。本当に申し訳ない。

曰く
だけど、なんとかこれで魔女辞めずにいられそうです。本当にありがとう。


声もカスッカスな上に、申し訳なさと嬉しさが100%づつ同居した涙のせいで、何を言っているのさっぱり分からなかったが、よくよく聴き取りをすると、
どうやらそういうことらしい。

「だけど、まさか本当に魔女だったとは、驚きました。」

「今はただの酒好きなババァだけどな。」


そうして、魔女は去っていった。

魔力が戻ったらすぐにもう片側の靴も必ずお返しするよと言ってくれたけど、それは丁重にお断りさせてもらった。
もう僕には必要のないものだから、と。


それからすぐに、王子が町娘と結婚するという衝撃のニュースが町中を駆け巡ったが、僕は1ミリも驚きはしなかった。

エラは美しい女性だ。
ドレスや靴を身に纏っていなくても、そうだったんだから。当たり前だ。





その年の冬に、僕は王都を発つことになった。
少し離れた小さな町に工房があり、そこを使わせてもらえることとなったからだ。
これからはガラス職人と靴職人、両方のわらじを履くことになる。

自慢ではないが、僕は腕の良い職人だ。

きっとすぐに目の回る忙しさになる。

たけど、今の僕には、それくらいでちょうど良いと思えた。

そしていつか、
いつになるかは見当もつかないが、
きっといつか、

またこの手で、世界に一足しかないガラスの靴を作り上げよう。
願わくはその靴を、今度は自分の手で渡せるように。

そう誓って、僕は雪の降る王都を後にした。


22歳の、冬の日のことである。