夜の10時。スマートフォンの画面が暗転するたび、美咲の心は小さな音を立てて冷えていく。
「また、既読がつかない……」
付き合って半年になる彼からの返信は、ここ数日めっきり減っていた。ほんの数時間連絡がないだけで、「嫌われたのかもしれない」「私、何か変なこと言ったかな」と胸が押し潰されそうになる。
いてもたってもいられず、「仕事忙しい? 無理しないでね」と送信した。
……本当は「無理しないで」なんて思っていない。今すぐ「そんなことないよ、愛してるよ」と安心させてほしいだけだった。

美咲は自分のこの感情をよく知っていた。子供の頃、機嫌の波が激しかった母親の顔色をいつも伺っていた。褒められたくて必死にお手伝いをしても、次の日には冷たくあしらわれる。
「いい子にしていなきゃ、見捨てられる」
大人になった今も、その時の透明な恐怖の糸が、心を強く締め付けているのだ。
「美咲ちゃん。君といると、なんだか『試されている』ような気がして、最近息が詰まりそうになるんだ」
「え……? 試すなんて、そんな……」
美咲は言葉を失った。愛されたくて、嫌われないようにいつも彼の顔色を見て、完璧な彼女でいようと努力していたはずだった。
「返信が遅れると『怒ってる?』って聞かれたり、僕の言動ひとつで『やっぱり私なんて』って落ち込まれたり……。僕を信用してくれていない気がして、どう接したらいいか分からなくなるんだ」
その言葉は、美咲の胸に鋭く刺さった。
その夜、美咲はひとり部屋でノートを開いた。
彼に言われた言葉を反芻しながら、自分の心と向き合ってみる。
『もっと愛されたい』『彼に認められたい』——
その強い思いの裏にあったのは、彼への愛情というよりも、「そのままの自分には価値がないのではないか」という強い不安だった。
心理学でいう「不安型」の愛着スタイル。
相手に見捨てられることを極度に恐れるあまり、絆を確認せずにはいられない。けれど、どれだけ愛を注がれても、自分自身の心が「底の抜けたコップ」になっていれば、水は永遠に溜まらないのだ。
相手を試すような行動(確認行動)は、愛を求めているようでいて、実は「自分は愛される資格がない」という不安を相手にぶつけていただけだった。
「私は……彼を愛していたのかな。それとも、不安を埋めてもらうための『安心の道具』にしていたのかな」
美咲は静かに目を閉じた。

翌日、美咲は彼に一通のメッセージを送った。今度は返信を待つためでも、確認するためでもない。
『昨日はいっぱい不安にさせてごめんなさい。私、自分の不安をあなたに埋めてもらおうとしてた。少し自分の心と向き合ってみるね。いつもありがとう』
スマホを机に置くと、不思議と胸の奥がじんわりと温かくなった。
誰かに愛されることでしか埋められないと思っていた穴は、自分で自分の不安を抱きしめた瞬間から、少しずつ小さくなり始めていた。

【心理カウンセラーのねねのワンポイント解説】
物語を読んでくださり、ありがとうございます。
美咲ちゃんの姿に、「これ、まるで過去の私みたい……」「今の自分を見ているよう」と胸がギュッとなった方もいるかもしれませんね。
「もっと愛されたい」「私だけを見てほしい」
そう願う気持ちの裏側には、実は「見捨てられるかもしれない」という強い不安が隠れていることがあります。今回は、この物語の背景にある心理学のしくみと、心を楽にするステップを少し紐解いてみましょう。
「底の抜けたコップ」と不安型愛着
幼少期の環境や過去の傷つき体験から、「そのままの自分では愛されない」という感覚(無価値感)を抱えていると、心理学でいう「不安型」の愛着スタイルになりやすくなります。この状態のときは、自分の心のコップに底が抜けているようなもの。
相手がどれだけ「好きだよ」「大切だよ」と愛を注いでくれても、不安がサーッと漏れ出てしまい、永遠に安心することができません。
その結果、相手の顔色を過剰に伺ったり、返信を催促したりと、無意識に「本当に私を愛してる?」と試すような行動(確認行動)をとってしまうのです。
2. 相手に悪気はないけれど…すれ違いの理由
パートナー側も、決してあなたを嫌いになったわけではありません。
ですが、いくら安心させても不安が消えないパートナーに対して、「自分は信用されていないのかな」「期待に応えられなくて息苦しいな」と感じ、距離を置きたくなってしまうことがあります。
愛されたくて頑張っているのに、その頑張りがかえって二人を遠ざけてしまう……とても切ないすれ違いですよね。
3. 不安のループから抜け出すためにできること
もしあなたも美咲ちゃんと同じような苦しさを抱えていたら、まずは次のことを試してみてくださいね。
「私、いま不安なんだな」と気づいてあげる
不安が湧いたとき、すぐに相手にぶつけるのではなく、「あ、私は今見捨てられるのが怖くなっているんだな」と自分の感情に名前をつけてあげます。
自分で自分のコップの底を塞ぐ(セルフコンパッション)
「連絡が来なくて寂しいよね」「不安になっちゃうのも無理ないよ」と、自分の一番の理解者になって声をかけてあげましょう。
自分の時間を少しずつ取り戻す
意識の100%を相手に向けるのではなく、好きなカフェに行ったり、温かいお茶を飲んだりして、「自分が心地いいと感じること」に意識を戻していきます。
最後に
「もっと愛されたい」と願うのは、あなたがそれだけ誰かを深く愛せる、温かい心を持っている証拠でもあります。
誰かに愛されることで自分を満たすのではなく、「自分で自分を愛し、安心させてあげること」。
その小さな一歩を踏み出したとき、パートナーとの関係も、驚くほど軽やかで愛おしいものに変わっていきますよ。
あなたが自分自身と優しい絆を結べますように。応援しています。

