最近大変に驚いたことがありました。

 

長野に住む妹は数年前に古民家を買い取り一部改装して暮らしておりますが、

最近の電話のやりとりで最低気温がマイナス13度になったと聞きました。

 

古民家での生活は都会的な建物とは違い機密性が低く、

風通しがいいので夏であれば意外に涼しいのかもしれませんが、

特に厳冬の今季に関してはどうしているのかと少し心配になりました。

 

以前一度、冬の時期にその家に泊まらせてもらったことを思い出しました。

恐ろしく寒くて寝付けず、朝方からストーブを焚いてようやく寝めたという経験がありました。

 

「風邪引くんじゃないのか?大丈夫?こちらは(横浜近郊)インフルエンザが流行っているんだよ。」

と思わず口にしたのは、私自身が数週間前に久しぶりに風邪をひき熱が出た為で、インフルエンザは陰性でしたが

家内やスタッフもたて続けに寝込んだというひどい1月だったことに加え、さらに極寒の長野、しかもあの古民家ですから・・・

都会生活に慣れている私にとっては、長野で生活している妹のイメージなど全く湧いてこなかったのです。

 

ところが・・・

予想もしない返答が・・・

 

「どういうわけか、ここに住んでから一度も風邪を引いたことがない。至って健康だよ。」

とても生き生きとして艶のある声でした。

 

彼女にとっては会話の中の些細な一言だったのかもしれませんが、

何故か後頭部をスリッパで殴られたような強いショックを受けたのです。

その一言が大きな衝撃となり、既に固まりつつある私自身の中の概念を大きく覆したのです。

 

それは何故か?

 

「機密性の高い家」とは建築販売業の間では顧客への殺し文句ようなものでして、

光熱費の節約だとか、花粉やPM2.5など身体にとって不利益となる外敵の侵入を防いでくれるとか

全館空調などを用いて1年中いつでも同じ室温を保ち快適生活をおくれるなどの話が今は当たり前で、

私はそれを真に受けてしまっていたのです。

 

暑いから・・・寒いから・・・いろいろ飛んでいるから・・・

だから室温の変化のない機密性の高い家に住んでいることこそが最先端の都会的生活で

身体にもいい生活だといつからか思い込んでいたのです。

 

しかし何故風通しのよい家に住んでいても風邪をひかないのでしょうか?不思議ですね。

 

実はそれこそが「人間に秘められた別の能力」の存在を予感させるポイントではないでしょうか?

すなわち、「便利=快適生活」が「身体にとっていい生活」とは必ずしもイコールにはならないということです。

便利な快適生活は、人間の「快」を求める本能的な部分からの欲求で、

「身体にとっていい生活」とは次元の違う問題で、因果関係がないと思うのです。

 

人間は「快」か「不快」を選ぶとすれば原則として「快」を選ぶものでしょう。

また、「損」か「得」かを選ぶとすれば、これまた原則として「得」を選ぶものでしょう。

ですから、一般的には「便利=快適生活」を1つの商品として「利益」を生み出す産業形態のあり方が当然だと

生まれた時からずっと思い込んでいて、

ほとんどの人がそうした生活を目指して、または桜花して毎日を生きているのではないでしょうか。

 

もちろん、そうした生活がいけないわけではありませんし、

いきなり皆んなで寒いところで生活しましょうなどとは言いませんが、

そうした古くからの思い込みが思考の偏りとなり自身の行動を縛ることで

「人間に秘められた別の能力」を封印してしまっているのではないかと思うのです。

 

しかしそんな私自身こそがこのカラクリにはまっていたかと思うと、

人の思い込みとは怖いものだと改めて省みる次第です。

 

生きている限り毎日が勉強で学びなのだと思う毎日です。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

セトモノとセトモノと
ぶつかりっこするとすぐわれちゃう

どちらかがやわらかければだいじょうぶ
やわらかいこころをもちましょう

そういうわたしはいつもセトモノ


最近CMでも流れされている相田みつをさんの詩です。

当たり前のことですが、その通りと思わさせるのは何故でしょうね?
一体やわらかいこころとはどんなこころでしょうか?


大きな桶の中に満々と注ぎ込まれている水のようなこころを持ちたい。
どんなセトモノでも包み込めるそんな水のようなこころがほしい。

でも、そういうわたしはいつもセトモノ





マスターズ開幕と言えばオナラリースタート。
野球で言うところの始球式であるが、
このところはアーノルド・パーマーとゲーリー・プレーヤー、
そしてジャック・ニクラスの3人で行なうのが恒例であった。

しかし86歳になるパーマーさんはご高齢ということで今年から辞退することになった。
介助者に付き添われて来場する姿にかつての精悍さはないものの、
いるだけその存在の大きさを感じるのは、きっと彼の培ってきた人徳なのであろう。

驚きは80歳のプレーヤーであった。
現役時代から小柄体型のハンディーを補う厳しいトレーニングで有名だったが、
スピードこそ落ちたものの、当時と全く変わらないスイングであった。
パトロンの歓声の大きさがフェアーウェイ中央を捉えるグッドショットだったことを教えてくれた。

帝王と呼ばれた史上最強のゴルファー・ニクラスも今年76歳になる。
癌との闘病から復帰し、数年前からこの舞台に戻ってきてくれてはいるが、
その姿を見れるだけでも幸せなことである。
100年先でも語り継がれるであろう伝説のゴルファーなのだから・・・

全盛期を思わせるアップライトなスイングは依然健在ということで・・・・
それでもやはり歳をとったな~と思いました。
間合いやタイミング、仕草は全く当時のままなのですが・・・

思えば86年マスターズ、ニクラス奇跡の大逆転優勝から今年で30年が経つのです。
当時流行ったデカパターを天に突き上げるバーディー奪取の光景は
19歳の私の脳裏にしっかりと焼き付き、その感動と共に今なお蘇ってくるのです。

目映いばかりに輝きを放っていたあの時のニクラスが・・・・ なんと・・・

時間が過ぎたんだな~  本当に過ぎ去ったんだな~
 
今現在から30年後、我ら同年代は皆・・・・人生の終盤を迎えているはず・・・
その時になお、フェアーウェイの中央を打ち抜けるような生き方をしておきたいものだと、
今日のオナラリースタートを見ていて感じた次第です。