心の道筋まとめ



2000年代半ばから2013年ごろまでは、自分の内面と向き合う日々だった。

2013年以降も自分の内面と向き合っていたが
特にこの2003〜2013年ぐらいの、10年間は大変だった。


他の記事でも書いてたけど、焦燥感や殺伐感などがあった

その感情と自分は対峙していたが、
2008年頃の写真があり、その写真は殺伐とした内面が表れてた

それがこの写真↓

殺伐とした表情の若い男性



当時、写真を撮って出来上がったものを自分で見ても「俺こんな顔してんのか」と思った。

当時の自分はまるで、怯えた獣のようで、人と接しても常に警戒心があった。


その警戒心は、人に対してだけでなく
他者に自分が危害を加えてしまうんじゃないかという、自分自身に対しての恐れ、警戒心もあった。



人に危害を加えるつもりはないんだけど
ネガティブな衝動、インスピレーションが自分の中にわき起こることがあった。
そのようなことをしないように、そのネガティブなインスピレーションと必死に戦っていた。


※例として、
人を殴るとかそういったのとか
極端な部類だと、殺すとか
自分に対しては自殺するとか
とにかくそういったロクでもない、ネガティブなインスピレーションが来ていた。





今、現在はそういったインスピレーションが出てくるということは無いが

当時は、なぜこんなインスピレーションがくるのか、その原因がわからず苦しんでいた。

2013年以降、後々になって徐々に気づいていったのは、
それが境界知能や斜頭によるストレスによって、家庭内や学校、仕事面で

それらの常識の中で、必死についていこうとして、自分の中で無理をしてしまう。


※境界知能と斜頭の影響を書いてる記事↓
結果、
そこの精神、肉体の両面で疲労が蓄積していき、それにより焦燥感、殺伐感が生まれてしまう

という悪循環に陥っていた。


これらの原因がわかっていたら、そこまで追い込まれることは無かったと思う。



なぜなら2013年、自分は無理をしていたことに気づいた

それ以降、ネガティブなインスピレーションが徐々に減っていった

全体像を理解したことによって、今はほとんど無い。



これがわからなかった当時、見えない天井、見えないフタが常にある感じがした

意識的に生きていても、根本がわからなければそのフタを外そうにも外せない

そういった、もどかしい感覚が常にあった。


まるで、のどの奥に魚の骨が刺さり続けてるような感覚
しかもその、のどにある違和感が何によるものかもわからない、という感覚





さっき「怯えた獣のよう」という例えをしていたけど、それは自分の中では言い得て妙で


例えば、怯えた野良犬がいるとする

そこにたまたま人が、その野良犬の近くを通ろうとする

その通りかかった人は、特にその犬に危害を加えるつもりもない、ただそこを通ろうとする。


だけどその野良犬は怯えているので、自分(野良犬)に危害を加えようと、その人がしてなくても

過剰に防衛反応を起こし、その人に噛みつこうする。



その怯えた野良犬のような、心理状態に近い感覚だったと思う、その2013年までの10年間は





2013年ぐらいから、そうしたネガティブなインスピレーションは徐々に消え、心も徐々に穏やかになっていった。

今では、過去のような殺伐とした感覚はほぼほぼない。





2020年頃から、少しずつ運動をし始めた
最初は、軽い散歩から始め、少し余裕があれば軽く走るぐらい

運動をちょっとずつするにしても、毎日やっていたら
気持ちが少しずつ上向いて来たのか

ちょっとずつ、ポジティブなインスピレーションが降ってくるのを体感した。


そうなると、じゃあ今度こういう運動してみようとか、何かチャレンジしてみようとという気持ちがでてくる

そのチャレンジの中には、SNSで斜頭関連のことを発信するといのもあった

2020年にインスタグラムで具体的な斜頭のことを発信し始めた


しょっちゅう発信してたわけではないけど、でも発信するのはすごく勇気がいった

けどなんか開放感も、同時に感じた。





ネガティブはネガティブ

ポジティブはポジティブ

そういうのを15年以上かけて、経験して学んだ







10代の時、自分の心を見失い

意識的に心を取り戻そうとしたあとも

焦燥感や殺伐感などの、感情との長い対峙があった


今のように生きづらさの全体像がわかるまで、答えがわかるまで
必死に耐えてきた。


そういう長い戦いの中で自分は
今、「心があることと、愛の大切さ」を強く感じている。

なぜならそれらは、怯えた獣から
人間に戻してくれるから





一時は、悪魔や鬼になってしまったかもしれない

しかし人間性を取り戻し、人間に戻してくれる


それが心であり、愛



長い長い暗闇の中でも、
心を持つことは指針になり、それが小さな光(愛)に導いてくれる


小さな光をたどっていくと、その光が少しずつ大きくなり

長い長い暗闇のトンネルに、いたことに気づく


やがて出口が見えてくる、そこには青い空と、緑豊かな草原、そして心地良い風が吹いている



青空と広がる緑の丘







心は感じるもの 愛は癒やすもの