倒産情報//「愛知・東京」 (株)日本コンタクトレンズなど2社/債権者説明会を11月21日(月) | 人生の水先案内人

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コンタクトレンズ・ケア用品卸、製造ほか
民事再生法の適用を申請
TDB企業コード:400132762

負債18億9000万円

 

「愛知・東京」 (株)日本コンタクトレンズ

(資本金3億6820万円、名古屋市中川区好本町3-10、代表水谷純氏、従業員95名)と、

子会社の(株)日本コンタクトレンズ研究所(資本金4840万円、中央区日本橋箱崎町1-7、同代表、従業員22名)は、

 

11月15日に名古屋地裁に民事再生法の適用を申請し、同日保全処分命令を受けた。 

申請代理人は若杉洋一弁護士(大阪府大阪市北区中之島2-3-18、

弁護士法人大江橋法律事務所、電話06-6208-1500)ほか6名。

 

監督委員は池田伸之弁護士(名古屋市中区丸の内1-17-19、

池田総合特許法律事務所、電話052-684-6290)。 

 

なお、債権者説明会を11月21日(月)午後2時より

ダイテックサカエ貸会議室クリエイトホール6階

(名古屋市中区錦3-22-20)で開催する予定。


(株)日本コンタクトレンズは1964年(昭和39年)5月に設立されたコンタクトレンズの卸業者。

 

ディスポレンズ(1DAYや2WEEKの使い捨てレンズ)を主力に扱っていたほか、ハードコンタクトレンズ「ニチコンRZX」「ニチコンうるるUV」「ニチコンEX-UV」「プラスビュー」「ローズK2」などの自社製品を製造、さらに点眼薬や眼内レンズなどのケア用品の製造や卸売も手がけていた。 

 創業者の水谷豊氏はコンタクトレンズの研究・開発分野の先駆者で、中部地区の眼科医を中心に「ニチコン」ブランドの製品を供給、円錐角膜用や角膜移植後の角膜不正乱視向けハードコンタクトレンズ、遠近両用ハードコンタクトレンズなど他社の参入が少ない分野に特化し、ディスポレンズの普及が進んだ1996年2月期は年売上高約38億7000万円をあげていた。 

しかし、コンタクトレンズ業者の参入による低価格化やソフトレンズへの需要の高まり、廉価メガネとの競合などとも相まって販売数量は漸減し、2016年2月期の年売上高は約20億1000万円の計上にとどまっていた。

 

この間、損益推移も不安定で留保金の蓄積が遅々として進行しなかったほか、

商圏拡大を見据えた買収事業も不調に終わったため、資金の固定化を招いていた。

 

金融機関からの資金調達のメドも立たず自力再建を断念、今回の措置となった。 

(株)日本コンタクトレンズ研究所は1960年(昭和35年)5月創業、1964年(同39年)2月に法人改組したコンタクトレンズの卸業者。

「ニチコン」ブランド商品を扱っていたが、親会社である(株)日本コンタクトレンズと同様の措置となった。 

 負債は、

(株)日本コンタクトレンズが約14億2000万円、

(株)日本コンタクトレンズ研究所が約4億7000万円、

2社合計で約18億9000万円。