[21日 ロイター]
-金融危機が深刻化した2008年に、当時サンフランシスコ地区連銀総裁だったイエレン米連邦準備理事会(FRB)議長が少なくとも2度、大半のFRB当局者より積極的な利下げを求めていたことが、21日公表された内部資料で分かった。
FRBは2008年の1月9日、およびリーマン・ブラザーズ破綻直後の10月7日に極秘の電話会議を開催。
イエレン氏は両方の会議でより強力な措置を求めた。
1月の会議では「近い将来にフェデラルファンド(FF)金利の50ベーシスポイント(bp)利下げを行うことを支持する」と指摘。
米連邦公開市場委員会(FOMC)をおよそ2週間後に控えていたその会議当日に、25bpの利下げを行うことが望ましいとの考えを示した。
この会議は、議会証言などを控えた当時のバーナンキ議長がFRB内の意見を聞くために開いたもので、政策行動を決定する場ではなかった。
バーナンキ氏は近く利下げが必要になるとしたが、その日は行動を取らなかった。
FRBはその後の1月21日、75bpの大幅利下げを決定している。
またリーマン破綻から約3週間後に開かれた10月の会議で、バーナンキ氏は50bpの利下げへの支持を求めていた。
イエレン氏はその場で「より強力な行動が近く容易に正当化され、最終的には必要だと分かる」と主張。
「クレジット市場の機能崩壊を目の当たりにしており、あらゆる借り手に影響が及んでいる」と状況の深刻さを訴えた。
イエレン氏がより大幅な利下げを主張していた事実は、ハト派の同氏がFRB議長として過度に金融政策を緩和的にすると懸念する向きにとり、さらなる批判の口実を与えることになる。
だが一方で、イエレン氏が金融危機の深刻さを当初から見抜き、バーナンキ氏よりも踏み込んだ措置を求めていたことは、イエレン氏の先見の明を示す証しでもあるといえそうだ。