“老舗企業大国ニッポン”世界に発信(2-2) | 人生の水先案内人

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“老舗企業大国ニッポン”世界に発信(2-2)

2012.11.5 05:00

□「100年企業サミット」パネルディスカッション

 

<亀屋>

▽創業=1783年(229年)

▽代表取締役=山崎嘉正氏(8代目)

▽従業員数=160人

▽所在地=埼玉県川越市 仲町4-3

 

<石川酒造>

▽創業=1863年(149年)

▽代表取締役社長=石川太郎氏(6代目)

▽従業員数=37人

▽所在地=東京都福生市熊川1

 

<太田胃散>

▽創業=1879年(133年)

▽代表取締役社長=太田美明氏(5代目)

▽従業員数=130人

▽所在地=東京都文京区 千石2-3-2

◇司会進行

 

<TOMAコンサル タンツグループ>

▽創業=1890年(122年)

▽代表取締役=藤間秋男氏(5代目)

▽従業員数=150人

▽所在地=東京都千代田区 丸の内1-8-3

                   ◇

 ■「すべてに親切」忘れずに 山崎氏

 ■「地域の誇り」を持って 石川氏

 ■ナンバーワンに徹する 太田氏

 ■社員に夢を持ってもらう 藤間氏

 

藤間(進行役) 有名老舗企業3社の代表に、老舗の成長戦略や経営理念、

事業継承などについて伺っていく。

まずは事業継承について。

 

山崎 父から「菓子屋を継げ」と物心が付いたころから言われてきたので継ぐのが義務と思うようになり、自然と菓子作りへの興味を持つようになった。


若いときから父と会合に参加していたので、27歳の時に父が亡くなり後を継いでも自然となじんだ。


大学生の息子は、菓子に興味を持っているようで、後を継ぐようになるだろう。

 

石川 石川家では代々、日記をつけてきた。

それが残っており、これに載っている失敗を生かすなど大変参考にしている。例えば、曾祖父がビールを始めたが失敗した。


私が復活させたが、そのときの失敗の教訓を日記から学んだ。

 

太田 父からバトンタッチを受けるのは使命だと思っていたので10年前に突然「社長をやれ」と言われてもすんなりと受け入れることができた。


私は長男にバトンタッチするが、あまり時間をかけない方がいいと思っている。


藤間 経営理念について。

太田 社訓は「奉仕の精神を以て良品を世におくる」。

会社は利益を追求するだけでなく社会に還元すること。

その奉仕の精神が大事だ。

良品を世に送るわけだから、皆さんに信頼され、安心な商品を届けるのは当然のこと。

社是を浸透させるため社長就任時に、

奉仕の精神を「太田胃散13箇条」としてまとめ社員に浸透させている。

特にマナーは厳しく教育している。

 

石川 「石川酒造は地域の誇りであり、自らの誇りである」というのが社訓。


生きていく上で誇りは必要。朝礼と会議を始める前には、これより長いものを必ず読む。


10年前に私が明文化した。代々の教えというのは、

日記の中から2点ほどあげた。

それぞれ後を継ぐ息子が、父親が亡くなった日に書いたもので、


一つは

「古きを言うな。

人の悪を言うな。

政治を言うな」といったもの。

もう一つは

「贅沢はするな。不自由はするな」。

山崎 「すべてに親切」を経営理念にしている。


会社が今あるのは、すべての方のおかげであるということを認識し、感謝の気持ちを忘れず、公平な判断、お客さまのため、社会のためになることを追求するということを言いたいのだと思う。


子供の頃、「すべてとは欲張りだな」と思っていたが、感謝の気持ちを忘れず、公平な判断を行うために必要なのだと思った。

 

藤間 100年以上も続いた理由は。

山崎 「家業は世の進歩に準ずべし」というもうひとつの理念があって、それが全ての理由だと思う。

明治維新、戦後と世の中はめまぐるしく変わった。

その変化に対応してきたから続いた。

人の生活様式、満足度の変化にも対応してきた。

渋沢栄一の「右手に算盤、左手に論語」の道徳経済合一説の考えに基づき信用第一、利益の一部を社会還元ということを代々実践してきた。

また家訓の「質素、倹約」を守ってきた。

経営が良いときも質素倹約に努め、お金を大切に使った。

 

石川 とにもかくにも日記。学ぶところが多い。

昭和の戦後に書き残されたものに「人が良心的ならざるとき、良心的になることが長い信用を確保する唯一の道だ」とある。

これが要だと思っている。

 

太田 企業が続くのに欠かせないのがコンプライアンスの重視。

これから脱線してはいけない。

社員に口うるさく言っている。


ホウレンソウ(報告・連絡・相談)とコンプライアンスの重視が会社を横道にそらさない基幹だ。加えて「継続は力なり」。


テレビCMにはショパンの曲を半世紀も使っているが、ブランド力の強化につながった。


また、「経営については創業家に任せてほしい」と社員に伝え、信頼してもらい、製品への信頼にもつなげている。


ファミリーな雰囲気で経営に当たっていることも長く続く要因かと考えている。

 

藤間 時代の変化への対応は。

 

石川 商売替えをしてきた。戦国の世の侍から徳川の時代は農家になり、幕末には危機管理から酒造りを始めた。


当時は農業が本業で酒造りは副業だったが、戦後の農地解放で酒造りを看板にした。今では日本酒の消費が減少傾向にあるのでビール造りも始めた。


かつて失敗した教訓を生かしての進出だが、レストランや蕎麦屋も経営しており、飲食業の売り上げが酒部門を上回っている。

4回目の商売替えといえる。

 

太田 業界ナンバーワンを取ることに徹すること。一番高い山は富士山、

一番大きい湖は琵琶湖と誰でもいえる。しかし2番は出てこない。

1位を取らないと生き残れない。

もう一つは時代の変化を見極めて広げること。イノベーションが必要だ。

新しい分野、例えば健康食品や医薬部外品に出ていく。

時代の変化とともに変化していかざるを得ない。

それが企業の継続につながる。


山崎 当たり前のことだと思うが、祖父も父もよく「相談するように」と言っていた。

私も日々実行している。いろいろな部署があり、ひとつでも欠けるといけないし、連携しなくてはいけない。

私が父から継いだとき、単独で行動する社員が結構いた。

それが効率化を低下させていて安全・安心な商品が作りにくいという経験もした。

 

藤間 夢は。

 

山崎 社員が生きがいをもって働く会社にしていく。子供や孫の時代にも「菓子屋をやれ」といえるように事業継承をすることだ。

 

石川 200年後がどうなっているか想像もつかず、何を営んでいる会社か分からない。

しかし、社是・社訓の「地域の誇りであり、自らの誇りでもある」を守り、地域の核となって誇りを持って仕事をしていけるという状況を夢見ている。

 

太田 現実主義なので現実で見えるところ、目先の10年くらいをみて、そこに行き着くためにどうするかを思い描くようにしている。


石橋をたたきながら先を見据えた経営をしていきたい。

 

藤間 閉塞感の強い時代だからこそ、社員に夢を持ってもらいたい。

そうすれば企業も日本経済も生き生きしてくるはずだ。