2012.8.14 05:00
■会社の誕生 特許株式と無限責任
日本には金剛組という世界最古の企業がある。
聖徳太子が西暦578年に四天王寺を建立するために百済から呼んだ寺のお抱え大工が起源で、バブル後の紆余(うよ)曲折はあったものの現在でも1400年以上の伝統を保持し続けている。
日本の誇る世界最古の企業は外国人の企業だったのである。
金剛組は江戸時代まで四天王寺お抱えの家族経営で、それが長続きした要因だが、株式会社化されたのは1955年で、その長い歴史と比べてみればつい最近のことだった。
フランスには、ガロンヌ川のバザクル水車と呼ばれた会社が今も存続している。
この会社は850年ごろに粉ひきの水車小屋が造られ、1150年には株式に分割して売り出した。
まさに株(share)である。
取引所もない中で、1400年以降の株価データを残し後にパリ株式取引所に上場もされたが、ウィリアム・バーンスタインに言わせると1946年に「歴史の重みにも、資本市場にも敬意を払わないフランス政府」によって国有化されてしまった。
現在はEDF Bazacleというトゥールーズの電力会社となって観光コースのひとつになっている。
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ローマで生まれた徴税請負の会社組織の先祖たちはローマ帝国とともに消滅し、北イタリアの商人たちの会社も長続きしなかった。
ダティーニのコンパーニアも2年ごとに更新し、出資者は同郷の人間か親戚に限られた。
そもそも法人という概念が芽生えるのは教皇やヨーロッパの王から権利を認められたギルドや特許会社がハシリだった。
この中には企業だけではなく都市や大学や宗教共同体も含まれたし、これらの境目はまだあいまいだったのだ。
日本では知名度が低いが、12世紀に設立されたコーポレーション・オブ・ロンドンは、シティーの4分の1の土地を今でも所有している(ホームページをみるとよくわかる)。
ロンドンにはこの会社のLoad Mayorである「ロンドン市長」と、日本でいう自治体首長のMayor of London、つまり「大ロンドン市長」の2人が存在する。
形式的にせよ、英国国王ですらシティーに立ち入るにはLoad Mayorの許可が必要なのだ。
昔はここでギルドに7年間加盟していれば、徴兵が免除されシティー内での開業が許可された。これはわれわれの考える会社とは違うだろう。
13世紀ごろになると、株式の売買が見られるようになった。
特許会社は株式の売買が可能だったが、会社を設立して資金を集めるには国家や王による特許が必要だった。
株式が売り出されるようになると資本が分割されて1口当たりの投資額が下がるので、投資者の数が増え大きな資金を集めることができた。
特許会社は個人や家族・同族経営に比べて経営リスクのシンジケート化が図られ、より大きな事業に対処できるようになった。
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しかし、当時の会社の株主は無限責任である。
もしも東京電力の株主が無限責任であったならば、株主は福島第1原発の事故で出資以上の莫大(ばくだい)な補償を請求されただろう。
株式投資が無限責任であれば株主は経営者をもっと注意深く観察する必要があるだろうし、投資家が複数銘柄に分散投資することも、分散すればするほど監視が難しくなるのでモニタリングの観点から危険である。
北イタリアのコンパーニアではローマ法を前提に、共同経営者は全員が個人的に会社の債務を負わなければならなかった。
ゆえに、出資者も運命共同体的な家族や同属から選択されるのが一般的だったのである。
16世紀のイギリスではモスクワ会社や海賊キャプテン・ドレイクの資金を元手に設立されたレヴァント会社など利権地域の名を冠した特許会社がいくつか設立されていたが、それらはいまだ無限責任でギルド的性格のものであった。
一般に近代的株式会社の嚆矢(こうし)はオランダ東インド会社(VOC)ということが定説となっている。
その理由は、VOCの株主の有限責任性にある。