「荷物にならんもんじゃけん、どうぞ」。
小柄な男性がお遍路さんに小さな封筒を差し出す。
中から出てきたのは、今治市が作製している名刺台紙。
市内の名所を写真で楽しめ、
温浴施設や美術館などの割引券にもなる「もてなしの品」だ。
このちょっと変わったお接待を続けているのは、
このちょっと変わったお接待を続けているのは、
同市神宮の無職藤本尚己さん(77)。
同市中心部に位置する五十五番札所・南光坊の境内で、
五年ほど前から始めた。
「これは大三島の大山祇神社。これは…」。
時間に余裕のある人には名刺を広げて観光案内もする。
「何もしてあげられんけど、旅の思い出になろかと思うてね」と藤本さん。
「何もしてあげられんけど、旅の思い出になろかと思うてね」と藤本さん。
名刺を受け取った高松市の女性から「帰りに温泉に入ろうと思っていたから、
ちょうどよかった」と喜ばれたことも。
「お礼に」ともらった納札(おさめふだ)を大事に保管し、
ある程度たまれば寺に奉納する。
お接待を始めたのは六十歳のころ。
お接待を始めたのは六十歳のころ。
退職後、道に迷ったお遍路さんの案内を買って出るようになり、
次第に知人の住職がいる南光坊を拠点にするようになった。
「旅の人をほっとけんのよ」。ほぼ毎日、
正午ごろから夕方まで同寺境内の清掃や近隣札所への道案内などに精を出す。
「家にいてもやることないけんね」と笑う藤本さんだが、実は身体障害者。
「家にいてもやることないけんね」と笑う藤本さんだが、実は身体障害者。
二〇〇一年の芸予地震のときに突然倒れ、
心臓にペースメーカーを入れる手術を受けた。
それ以降、心境にも変化が。「昨日死んでいたと思えば、今日は丸もうけ。
そんな気持ちで、自分にできることをやっとるだけよ」。
そう言って、また、お遍路さんに声を掛けた。(愛媛新聞)
【メモ】
8世紀前半、大山祇神社(今治市大三島町)の分霊を
現在地にまつったことに伴い、
大山積神を守る仏として移された8坊の1つが南光坊。
神仏混交時代の典型的な寺で、
境内には書家・川村驥山(きざん)らの書を集めた筆塚もある。
