四国遍路ぶらり寄り道 54番札所・延命寺 越智家(旧善根宿)(愛媛県今治市) | 人生の水先案内人

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越智家(旧善根宿)(愛媛県今治市)
江戸時代の納札残る

「奉納四国八十八カ所」と墨書きされた長方形の納おさめ札ふだ。

今治市阿方の自営業越智静雄さん(56)は、

千三百枚に上る江戸時代の納札を保管していて、

歩き遍路の足跡を知る手掛かりとして注目されている。

 納札は、お遍路さんが無料で宿泊場所や食事を提供してくれた

善根宿に置いていくお礼の札。

越智さん宅は一九一二年ごろまで

、四国霊場五十四番札所・延命寺の善根宿だった。

五一年に自宅を改装した際、

天井裏のはりに稲わらに包まれた大量の納札を見つけ、大切にしまっていた。

九六年、四国遍路の研究で愛媛大に留学していたフランス人非常勤講師が

この納札を調べた。

穴が開き、ほこりをかぶっていた札を一枚一枚裏打ちし、

書かれていた年号や名前、出身地などを解読。

一七九九―一八六二年に越智家に泊まったお遍路さんが

残した札だったことが分かった。

 「現存する札の中で最も古いのでは。

遍路研究で宝のような存在」と当時、

フランス人講師の指導にあたった

内田九州男くすお愛媛大法文学部教授(62)は話す。

中四国地方を中心に、関東や東北からも巡拝者があったことを示す

貴重な記録と評価する。

百五十年もの歴史を超えて語りかけてくる納札を前に、

越智さんは「先祖のように人の役に立ちたい」と決意を込める。

一方で、延命寺の池口照順住職(67)は

「大正時代までは阿方地区でも二、三軒の善根宿があった。

今は凶悪犯罪を心配し、宿を提供しにくい時代になってしまった」

と寂しそうな表情を浮かべる。

お遍路さんと地元住民の交流の証しだった納札。

遍路文化が生んだ温かいお接待の心は、

現代人に足りない何かを教えてくれている。(愛媛新聞)

 ≪メモ≫
延命寺は来島海峡を望む近見山(244メートル)の山すそに位置し、

720年に行基が開基。

本尊に不動明王を刻んだとされる。

参拝客を出迎えるケヤキ造りの山門は今治城の城門の一つ。

廃藩置県で同城が取り壊された1870年ごろ、譲り受けた。

【写真説明】
江戸時代のお遍路さんが残した貴重な納札を持つ越智さん

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=愛媛県今治市阿方