地域全体で文化守る
難所の三坂峠を越え松山平野へと下る道沿いに広がる松山市久谷地区。
四十六番札所の浄瑠璃寺と八坂寺が近接し、住民は地域の遍路文化をはぐくみ見守ってきた。
「戦前は何十人もの列がつらつらと歩いとった。今は百分の一も通らんわ」とは久谷町の遍路道筋に住む橘福夫さん(74)。
「戦前は何十人もの列がつらつらと歩いとった。今は百分の一も通らんわ」とは久谷町の遍路道筋に住む橘福夫さん(74)。
昭和初期に宿屋をしていた父親が、雨ざらしの大師像を守るように建てたお堂を改築し、大切に守っている。
この「あみかけ大師像」の名の由来は、そばにある巨石「網掛け石」だ。
昔々、三坂峠で道行く人の障害となっていた二つの巨石。
この「あみかけ大師像」の名の由来は、そばにある巨石「網掛け石」だ。
昔々、三坂峠で道行く人の障害となっていた二つの巨石。
弘法大師が村人にカズラで大きな網を作らせ石にかぶせると、てんびん棒の両端につるして運び始めた。
ところが重さに耐えかねて棒が折れ、一つの石は川底に、もう一つはこの遍路道に転げ落ちた-という伝説。
「今まで仕事で危ない目に遭っても、かすり傷もない。お大師さんのおかげ」と橘さんは笑う。
町内の田中睛さん(73)は、遍路にまつわる地域の句碑や常夜灯などを記録。
町内の田中睛さん(73)は、遍路にまつわる地域の句碑や常夜灯などを記録。
地元公民館などに寄付してきた。
「小さいころからお遍路さんを見てきて、その文化をもらってきた。
子どもたちにもいたわりの気持ちを持ってもらえれば」
田中さんも参加する住民グループ「久谷夢工房」では、二〇〇六年から毎年八月十五日、八坂寺の参道も借りて灯籠(とうろう)祭を開催。
田中さんも参加する住民グループ「久谷夢工房」では、二〇〇六年から毎年八月十五日、八坂寺の参道も借りて灯籠(とうろう)祭を開催。
小さな子どもも灯籠に夢を描き入れ、未来への灯をともす。
田中さんは「世代間交流とともに、地域に伝わる文化を受け継いでいきたい」と話している。(愛媛新聞)
【メモ】
田中さんは「世代間交流とともに、地域に伝わる文化を受け継いでいきたい」と話している。(愛媛新聞)
【メモ】
八坂寺は修験道の開祖である「役の行者小角」が開山、
701年文武天皇の勅願寺として建立されたという。
かつては修験道の根本道場として栄え、2005年には火渡り修行が復活した。
本尊の阿弥陀如来像は県指定有形文化財。
