ふんわりシフォン -263ページ目

FULL MOON 7

一方的な呼び出しだとしても、考えても、考えても解らない闇を解きほぐす手立てがあるなら、この細い糸を離すことはできなかった。

逢魔ケ時の四辻に立つ。

場所は言っていないのに、ここだとしか思えなかった。ここでしか会ったことがなかったからだ。もし他の場所だったなら、指定があったはずだ。
最悪な出会い方で、最低な別れ方だった。






黒猫はぶるりと毛を逆立てる。何かの痕跡が不安をさそうのかもしれないし、かつて感じた恐怖を体が覚えているのかもしれなかった。

「コノハナが約束守るなんて思わなかった」

それでも耳を立て、状況を把握するために高い塀からあちこち見回している。

「奴には貸しがあるんでね。返してもらわないと」

「なぁんか嫌だなぁ」

鼻をひくつかせながら、明け星は置物のように座っている。後ろ足を折り、前足をのばした姿だ。リラックスしている時の四肢を曲げた香箱座りではない。






ふいに風が変わった気がした。明らかに、今までふいていた風の向きが変わった。顔をなぶる風は、なにかこの世ではない力に満ちていて、逃げだしたい誘惑と闘わなくてはいけなかった。

この先に奴がいる。

一瞬の出会いと別れで、こんなに存在感を植え付けられた人物は初めてだった。そしてこんなに緊張するのも初めてだった。

暗さを増す町並みから、にじみ出した黒い影。どこからかカラスもやって来て上空を旋回し、肩に羽を休める。

「よろしい。きちんと来たようだね」

黒いロングコートをきちんと着こなして、革の手袋をはめている。撫で付けた黒髪から整髪料の匂いと、なにか香草のような香りがした。鼻筋の通った彫りの深い顔立ちだ。どこか外国の血を引いているのかもしれない。

聞きたいことは、たくさんあった。何から聞いたらいいのか唇を湿らせて考えていた。

FULL MOON 6

しらじらと夜が明けていく。ぼんやりした頭で朝焼けを見ていた。薄く広がった雲が赤を吸い込んで輝く。端には金のような輝きをまとって。
今まで何度見たとか、これから何度見るのかなんて、どうでもよくなりそうな鮮やかさを持っている。



月の入りを確認して、まだ時間があることがわかる。
ぼんやりとした水鏡のように姿がぶれて二重映しになる。眠っている女の子と黒い猫。
ゆらゆらと揺れてぶれる。
風がたち波たつ水面のように揺れが大きくなり、泡立つ水面に二つの姿は掻き消されてしまう。

知らずに鼓動が早まる。

片足を立てて腰を浮かせたまま、意識して呼吸をとっている。

もし、なんて不安はいつもある。でも一番強く感じてしまう瞬間だ。

もし、意識がもどらなかったら…
もし、普通の猫になってしまったら…
もし、記憶を損なうなにかがおきたら…

頭を強く振る。
払わなければいけない不安で、変化に気づけなくなったらいけない。

大丈夫だ。
何かおきたなら、その時だってきっと対応できる。予測することと、不安になることを混同してはいけない。

光が生まれてくる。
ゆらゆらと揺れた水面を割って蛍火のような光が沸きあがる。輝きは範囲をせばめ人間ひとり分の大きさから、猫一匹分へと変化する。



蛍火が消え去るのを待って、猫にふれる。やわらかな毛並みに、規則正しい呼吸に、ほっと息をつく。
今回も俺の目の前から消え去らなかった。

この世とあの世の端境で、危ういバランスをとっている。
崩れさせないために、取り戻すために、立ち上がらなければいけなかった。なにかを引き換えにしなければいけないなら、迷いなく差し出す。





明けていく空に、忘れられたように星が光る。明るい強い輝きに無事を祈る。

眠りこけた猫は、手の平の下で寝返りをうった。

君が笑ったから

君が笑ったから

嬉しくて

君が笑ったから

楽しくて



ほかの誰でもない

君だから

僕の大切な君だから



君の僕にむけた笑顔で

僕も笑顔になれるから

また少し君を好きになる

昨日よりさっきより

君を好きになれる



君の笑顔に出会えたから

その笑顔を抱きしめて

出かけることにしよう