ふんわりシフォン -24ページ目

新月

月のない新月の夜は

肌を滑る

金木犀の香りを

辿っていこう



深い闇の中に

君の姿を見つけるから

その手を取って

歩くことができる



誰も見ていないから

月さえも

隠れているから



君の手を握りしめて

歩いていくことができる

Focus 12 Reiji side

煙草の煙が風に流されていく。海風が肌寒くなってきていた。

煙草を一本だけ吸って、吸い殻を携帯灰皿に捩込んだ。玲奈ちゃんに風が当たらないように、半歩前を行くとどうしても煙草の煙りを浴びせることになってしまう。名残惜しいけれど宿泊施設までは禁煙だ。

追いかけて来られないのを確認して、肩から手を離した。



「玲奈ちゃん隙、ありすぎでしょ」


俯きながら歩いていた玲奈ちゃんが、はっとしてこちらを見た。

「あの…よくあるんです。声とか掛けられるの。ほんっと子供から、おじーちゃんまで」

ばつが悪そうに指がせわしく動く。髪をすいてみたり、指に巻きつけたり、その落ち着きのなさは二人きりでいることかもしれなくて、また黙り込む。

「玲奈ちゃんだけで帰したのは悪かったけど、すごいモテっぷりだったね」

ほんの数分目を離した隙にナンパされるなんて、有り得ない。

「ああいうの良くあって、友達と待ち合わせで駅に行ったりすると、なかなか待ち合わせ場所につけなかったりするんです。あと切符の買い方聞かれたりとか」

そういう子なんだろう。見るからに善良そうで、困っていたら助けてくれそうな雰囲気を出してる。

「気をつけなくちゃダメだ。これからは今までみたいにいかなくなる。写真集が出ることで、みんなが玲奈ちゃんを知ることになる。みんなが玲奈ちゃんの振る舞いを見るようになる」

「…気をつけます。マネージャーにも言われるんです。でも…自覚がなさすぎでした」


ホテルと言うには安っぽくて民宿よりは規模の大きい宿泊施設の手間で、玲奈ちゃんが立ち止まる。

「あたし…どうしようかって困ってて、その時礼治さんが来てくれて、助けてくれて…ほんとすっごく嬉しかったんです」

顔をあげた玲奈ちゃんは、頬を上気させて言い募る。その顔や仕草に自分の中のある部分が揺さぶられていた。
余裕をなくして落ち着きたくて短く息をつく。

「いつでも助けてあげられる訳じゃないからね」

「はい。気をつけます」

お説教なんて柄じゃない。こんなのは女の子の気をひきたくてオッサンのすることだ。

軽く落ち込む。

助けたことは間違ってなかった。放っておいたら、スタイリストさんやら本田ちゃんが助けただろう。それは結輝だったかもしれない。

ちくりと胸に痛みが走る。いい歳したオッサンが悩むたぐいのことじゃない。ましてや若くて容姿が優れている結輝と比べることもない。



「あたしもっと注意しなくちゃいけないけど、礼治さんが来てくれて嬉しかった」

言い切ると玲奈ちゃんは、さらに顔を赤くして建物へ走って行ってしまった。

嬉しかった。その一言で自分のしたことは無駄じゃなかった。結輝だったらもっと上手く格好良かったかもしれないけれど、比べることはできない。



何となく気持ちの整理をつけたくて、煙草に火をつける。ぶらぶら歩き出しながら頭をかすめる映像や声をどうしたらいいのか持て余していた。

Focus 11 Reiji side

夕暮れの深い藍と燃えるようなオレンジ色の織り成す空を切り取って、今日の撮影は終了になる。

風に髪をなびかせた黒いシルエットの玲奈ちゃんが写っている。

写真を撮られることに慣れたのか、レンズごしに見つめても自然にいられるようななった。

くるくると表情をを変えて、見ていて飽きない。撮影されているのに、こちらを観察していて、ふいにこちらが狙っていたようなポーズや表情をつくる。

そのポーズや表情は玲奈ちゃんが、考えて作り出しているもので、既製のものとは違い彼女らしさが備わっていた。



なによりも、玲奈ちゃんらしさを写しだしたくてレンズを覗くのに、つかみ掛かけたイメージを呆気ないくらいに壊して、顔や指先などの体のすべてを変化させてしまう。

不思議な子だった。見ていて飽きない。




「はい、お疲れさまねー」

声をあげると器材の撤収をはじめる。スタイリストが玲奈ちゃんに羽織るものを渡している。

陽が陰ると風は冷たいものに変わり、まとう生地の少ない玲奈ちゃんは体を冷やしてしまう。

「お疲れさまでしたぁ」

パーカーを着込んだ玲奈ちゃんがお辞儀をして通りすぎる。

さっきまで肌のほとんどをさらしていたのに、パーカーから見える肌にどきりとする。

ありえないでしょ

どきどきしたところで、おじさんなんだから。『エロい』で終わり。そんなもん。自分がもっと若いなら違うのかもしれないけれど、グラビア撮影するほどの子なら男なんてより取り見取りだ。

カメラをケースに納め担ぐと、少し離れた場所に人がかたまっていた。

目を凝らすと、女の子が一人で三人の男に囲まれていた。

「だからね、飲みに行こうよ」


「大丈夫だって。俺らと居るって言っとけばいいっしょー」

「あのっ基本団体行動というか、自分勝手なのはダメなんですっ」

声が届いて誰だかわかる。思わず眉をしかめてしまう。このわずかな間にも、ナンパされていたなんて、どういうこと。

玲奈ちゃんの体に触ろうとした男の肩を後ろから掴んで引く。
思いのほか力が入っていてぐらりと体が傾ぐ。

「…っ何だよ、テメエは」


「悪いけど、その子連れなんだよね。その汚い手を引っ込めてくれない?」

穏便さを装った傲慢さ。ああ、煙草吸いたいのになぁなんて頭の片隅にあって、一対三だと不利じゃないかなんて出て来なかった。

こちらを確認した連中は、くたびれたオッサン一人なんて力で捩じ伏せられると見て取ったようで、薄ら笑いを浮かべた。


「無理しないの、お、じ、さ、ん。若者の恋愛に口出ししないでくれる」

「そーそー自由恋愛っしょ」
「無理だよ。あんたらじゃ彼女の足元にも及ばない」

それだけは確信があった。間違っても玲奈ちゃんはナンパされて付き合うような子じゃない。

「聞いてみたら」

玲奈ちゃんに目を向けると、ふるふると頭を振ってはっきり言いきった。

「あたし、行きません。ごめんなさい」

また髪が地面につくようなおじきをした。

「ね。だから無理なんだよ。ナンパなんかしなくても彼女は出来るから」

煙草が恋しくて、胸ポケットから取り出して口にくわえる。

「一ヶ月後、誰をナンパしたかびっくりするといいよ」

カメラケースを盾にする形で、玲奈ちゃんを促して歩かせる。

背中からは舌打ちが聞こえたものの、追いかけてくることもなく、安堵する。

ハッキリ断られたのが効いたのかもしれない。