ふんわりシフォン -214ページ目

FULL MOON 23

銀杏を思い出したのは何故だろう。多分その木だけ庭の造形とは掛け離れたように、堂々とそびえていたからかもしれない。

酸素の放出量が多く街路樹に選ばれた時期もあったそうだけれど、落葉樹だから葉のある時期に数値が上がるのは当たり前で、平均したらそんなに変わらないと思う。

むしろ時期によって差がでるなら、交通量のある道路にはマイナスになりそうだ。

排気による空気汚染の緩和を求めるなら常緑樹のほうがいいのだろう。




ただ

目をみはるような金色の街道を見た時に、これを狙っていたのかと思った。

ずっと続く街道は、そこだけ明るく華やいでいた。樹齢を重ねた木々は空にそびえて車からはほんの一部しかうかがえない。

この街道は歩くものだと思った。

空を見上げて歩いていくのが一番いい。







「どうかしたのか」

「いいえ。ジョーカーは銀杏みたいだ」

「私が生まれた時に、親は銀杏を植えたようだよ。庭の片隅にあるだろう」

どこからでも見えるように植えられているのか、大きく育ったからそう思えるのか。



それを知るのはジョーカーの親御さんだけだ。

FULL MOON 22

自由に何処へでも行ってみたい。どこでもドアみたいに行くことが出来るなら、何処へ行こう。

地の門を潜って別の土地へと。





「あの、ジョーカー…」

「地門だろ」

驚きが顔に出る。

「やってみたい、そう書いてある」

「知ってるんだ」

「地のじいさんは、それで会いに来たからな」



イメージが広がる。

記憶と知識とを譲り受けたみたいだ。



老人の腕に握られた樫の棒から地面が共鳴をおこす。
ぶれていた映像が、定まり焦点が絞られる。二重に重なる映像に向かい、近づくと淡く重なっていた片方が鮮やかに浮かび上がる。

霧の幕を一枚抜けるような感覚。



…やってみたい。

覚えたら楽しいだろうな。何処へでも行けて。そしたら、お金なんか掛けなくたっていいんだもんな。



「イメージのある場所のほうが、移動しやすかろう。人目を避けるなら、私の敷地内にある木を目印にするといいだろう」

ジョーカーの家の木…

広大な家を取り巻く、広大な敷地…庭だって、部屋からの眺めを計算してイメージに合わせて設計されていた。いったいどんな木にしたらいいのだか。

ふとジョーカーをイメージしたら、真っ黄色な銀杏が浮かんだ。

言魂 紡ぎ

たとえば

その言葉は自分に向けられたものでなくても

無理矢理な

思い込みだったとしても

その言葉に出会って

その言葉の意味を考えたとき




その言葉は意味を持つ

心に響くなら

胸に届くなら

その言葉は存在する




たくさん たくさん

言葉が生まれ

それでも残っていくものは



変わりない輝きや

あたたかな ぬくもりに満たされて

ほんの少し

手を伸ばしたら届く



ほんの少し

気持ちを表したら届く



特別なものではない

それなのに

同じ言葉を

同じ意味を

さまざまに表現する不思議




ことのはに

気持ちを込めて

ことのはから

元気をもらう