ふんわりシフォン -186ページ目

月が満ちるまで つるべ落とし 2

夏の気配も、長雨の後には掻き消されてからりとした秋の空気に変わっていた。
日なたにはジリジリとした日差しがあっても、日陰は涼しいのだから湿度も減って過ごしやすくなってきた。



ちはやと別れて階段を降りて部活へと向かう。美術部は美術の教室をそのまま使うので、一階の隅にある。
二学期に入ると、すぐに文化祭の準備に入る。部活では夏休みに個人的な作品の制作と、共同作品の作成を始めていた。

今年の共同作品は、貼り絵を制作することになっていて葛飾北斎『富岳三十六景』の赤富士を16分割して、一人が一枚のノルマを与えられていた。



「失礼しまーす」

カラカラと美術室の引き戸を開けると、先に居たのは2年の林先輩だけだった。

「はよっ橘」

「…おはようございます」

なんとなく圧倒されてしまうパワーが林先輩にはある。ショートカットの髪と活発な様子はおよそ文化部とは掛け離れたパワーがみなぎっているように感じた。
デッサンにしろ、油彩にしろ驚くようなスピードで作品を作りあげていく。

雑なのではなく、ポイントを上手く掴むセンスは部内で飛び抜けていて、展示会で入賞した実績もある。

こういう人を天才と呼ぶのだと思った。



圧倒されてしまうような才能が外にまで滲み出しているようで、なんだか馴染めずに今まできてしまった。


「橘どう、制作進んでる」

「はい、なんとか」

作品を置いている準備室のラックから、紙を取り出して来ると机にファッション雑誌を広げ、ぱらぱら捲って色を探していく。

LOUIS VUITTONやCHANEL一流と言われるようなブランドの広告は、鮮やかで華やかな世界を写し出していて、お伽話の世界みたいだ。
その色を切り取って、貼付けていく。

「橘は、色使いが上手いね。作業が丁寧だ」

「ほかに取り柄もないですから」



バックに使われている皮の色が赤富士の色に近い気がして、目を細める。

濁りがないように、色の点で画いているようだ。



「時間をかけたなら、かけただけの物が作れるさ。要は…」

林先輩は自分の頭をとんとんと指し、次に胸と手を触った。

「作りたいものを表情するだけの技術、気持ちがなくてはね。目と心と手が繋がって自由に表現できたらいい」

感じたことを表現する難しさは感じていた。つたない表現でどれだけ伝わるのかといつも思っていた。

「橘はいい物を作ると思うよ。技術とかでない気持ちがあると思う」

数式

君>僕

力関係でなく

存在感の大きさで



君=僕

ならいい

同じじゃなく

対等で支えあえたなら

いいんじゃない

FULL MOON 37

泡が向かった先、たどり着いた場所はホテルのプールだった。

浮かび上がった泡が、ガラスのような水面につくと、すうっと皮がむけた果物のように消えていく。

人目につかないんだろうか。差し延べられたか細い腕を取り、ひやひやしながら水を渡る。



『なんで』

『なんで?』

『なんで ここなんだ』

すぐに事故現場に行くと思っていた。彼女は何よりも誰よりも、それを願っているはずだった。

『酷い姿をしている。気力で持ってるだけだ。そんな状態で繊細な作業が出来る訳がない』

繊細さなんて無縁だと思った。岩なり岩盤なりプレートを動かす行為は力任せの荒業でしかなくて、俺のなかでは ちゃちゃっと済ませてしまいたい事柄でしかなかった。