月が満ちるまで つるべ落とし 2
夏の気配も、長雨の後には掻き消されてからりとした秋の空気に変わっていた。
日なたにはジリジリとした日差しがあっても、日陰は涼しいのだから湿度も減って過ごしやすくなってきた。
ちはやと別れて階段を降りて部活へと向かう。美術部は美術の教室をそのまま使うので、一階の隅にある。
二学期に入ると、すぐに文化祭の準備に入る。部活では夏休みに個人的な作品の制作と、共同作品の作成を始めていた。
今年の共同作品は、貼り絵を制作することになっていて葛飾北斎『富岳三十六景』の赤富士を16分割して、一人が一枚のノルマを与えられていた。
「失礼しまーす」
カラカラと美術室の引き戸を開けると、先に居たのは2年の林先輩だけだった。
「はよっ橘」
「…おはようございます」
なんとなく圧倒されてしまうパワーが林先輩にはある。ショートカットの髪と活発な様子はおよそ文化部とは掛け離れたパワーがみなぎっているように感じた。
デッサンにしろ、油彩にしろ驚くようなスピードで作品を作りあげていく。
雑なのではなく、ポイントを上手く掴むセンスは部内で飛び抜けていて、展示会で入賞した実績もある。
こういう人を天才と呼ぶのだと思った。
圧倒されてしまうような才能が外にまで滲み出しているようで、なんだか馴染めずに今まできてしまった。
「橘どう、制作進んでる」
「はい、なんとか」
作品を置いている準備室のラックから、紙を取り出して来ると机にファッション雑誌を広げ、ぱらぱら捲って色を探していく。
LOUIS VUITTONやCHANEL一流と言われるようなブランドの広告は、鮮やかで華やかな世界を写し出していて、お伽話の世界みたいだ。
その色を切り取って、貼付けていく。
「橘は、色使いが上手いね。作業が丁寧だ」
「ほかに取り柄もないですから」
バックに使われている皮の色が赤富士の色に近い気がして、目を細める。
濁りがないように、色の点で画いているようだ。
「時間をかけたなら、かけただけの物が作れるさ。要は…」
林先輩は自分の頭をとんとんと指し、次に胸と手を触った。
「作りたいものを表情するだけの技術、気持ちがなくてはね。目と心と手が繋がって自由に表現できたらいい」
感じたことを表現する難しさは感じていた。つたない表現でどれだけ伝わるのかといつも思っていた。
「橘はいい物を作ると思うよ。技術とかでない気持ちがあると思う」
日なたにはジリジリとした日差しがあっても、日陰は涼しいのだから湿度も減って過ごしやすくなってきた。
ちはやと別れて階段を降りて部活へと向かう。美術部は美術の教室をそのまま使うので、一階の隅にある。
二学期に入ると、すぐに文化祭の準備に入る。部活では夏休みに個人的な作品の制作と、共同作品の作成を始めていた。
今年の共同作品は、貼り絵を制作することになっていて葛飾北斎『富岳三十六景』の赤富士を16分割して、一人が一枚のノルマを与えられていた。
「失礼しまーす」
カラカラと美術室の引き戸を開けると、先に居たのは2年の林先輩だけだった。
「はよっ橘」
「…おはようございます」
なんとなく圧倒されてしまうパワーが林先輩にはある。ショートカットの髪と活発な様子はおよそ文化部とは掛け離れたパワーがみなぎっているように感じた。
デッサンにしろ、油彩にしろ驚くようなスピードで作品を作りあげていく。
雑なのではなく、ポイントを上手く掴むセンスは部内で飛び抜けていて、展示会で入賞した実績もある。
こういう人を天才と呼ぶのだと思った。
圧倒されてしまうような才能が外にまで滲み出しているようで、なんだか馴染めずに今まできてしまった。
「橘どう、制作進んでる」
「はい、なんとか」
作品を置いている準備室のラックから、紙を取り出して来ると机にファッション雑誌を広げ、ぱらぱら捲って色を探していく。
LOUIS VUITTONやCHANEL一流と言われるようなブランドの広告は、鮮やかで華やかな世界を写し出していて、お伽話の世界みたいだ。
その色を切り取って、貼付けていく。
「橘は、色使いが上手いね。作業が丁寧だ」
「ほかに取り柄もないですから」
バックに使われている皮の色が赤富士の色に近い気がして、目を細める。
濁りがないように、色の点で画いているようだ。
「時間をかけたなら、かけただけの物が作れるさ。要は…」
林先輩は自分の頭をとんとんと指し、次に胸と手を触った。
「作りたいものを表情するだけの技術、気持ちがなくてはね。目と心と手が繋がって自由に表現できたらいい」
感じたことを表現する難しさは感じていた。つたない表現でどれだけ伝わるのかといつも思っていた。
「橘はいい物を作ると思うよ。技術とかでない気持ちがあると思う」
FULL MOON 37
泡が向かった先、たどり着いた場所はホテルのプールだった。
浮かび上がった泡が、ガラスのような水面につくと、すうっと皮がむけた果物のように消えていく。
人目につかないんだろうか。差し延べられたか細い腕を取り、ひやひやしながら水を渡る。
『なんで』
『なんで?』
『なんで ここなんだ』
すぐに事故現場に行くと思っていた。彼女は何よりも誰よりも、それを願っているはずだった。
『酷い姿をしている。気力で持ってるだけだ。そんな状態で繊細な作業が出来る訳がない』
繊細さなんて無縁だと思った。岩なり岩盤なりプレートを動かす行為は力任せの荒業でしかなくて、俺のなかでは ちゃちゃっと済ませてしまいたい事柄でしかなかった。
浮かび上がった泡が、ガラスのような水面につくと、すうっと皮がむけた果物のように消えていく。
人目につかないんだろうか。差し延べられたか細い腕を取り、ひやひやしながら水を渡る。
『なんで』
『なんで?』
『なんで ここなんだ』
すぐに事故現場に行くと思っていた。彼女は何よりも誰よりも、それを願っているはずだった。
『酷い姿をしている。気力で持ってるだけだ。そんな状態で繊細な作業が出来る訳がない』
繊細さなんて無縁だと思った。岩なり岩盤なりプレートを動かす行為は力任せの荒業でしかなくて、俺のなかでは ちゃちゃっと済ませてしまいたい事柄でしかなかった。