東京に戻ると仕事が忙しかった


9月の予定だった仕事が8月に前倒しになって毎日続く仕事は有り難いけど


いつ岩手に行けるか予定がたたない↓



気がつけば一週間


どうにか早く終らせてと、早出して遅く帰る毎日




それと前回の心残りの道具

時間を作れないでいたけど仕事で付き合いのある金物屋に相談してみると

在庫は無いけど2、3日で数も揃うらしい↑


迷わず発注!


二日で届いたブツを仕事帰りに取りに行き、そのまま近所の宅配便に飛び込み発送


ボランティアセンター内 隊長宛て


本当に役に立つのか解らないけど


実際に現地に行けたから、遠く離れた所から出来る支援の一つになれたらと
戻れないでいる気持ちを埋め合わせた





9月に入り今年初の祭仕事の助っ人が始まった


祭の助っ人は、知らない町で知らない人達と祭の準備の手伝い
当日には神様や町の人達のお世話したり


俺は現場だけでなく、そんな祭仕事も鳶って商売の好きなトコ



それが数年前の事

俺が初めてボランティアに行った新潟で、それと似たような気持ちになった


知らない町に行き
知らない人達と同じ目的に集まり!

どこかの町の為に
町の人達の為に

そして
たった数日で多くの出会いと多くの元気をもらえる!

そこで得た時間、体験は日常とは別なものだけど

そこでする事、出来る事は俺にとって特別な事ではなかった!



震災は楽しげな祭事ではないけど

祭のような熱い気持ちや、人の力が必要な気がする


現役の消防団員だった頃
自治会や町の人達と話してもそう実感した




15日間の予定の助っ人は、取っ掛かりの山車小屋が出来ると数日の空きが出来た


また行ける!!



今回は夜出で最終日も活動してから帰る事にした

詰めた予定も前回に自信がついた





21:30出発!


暗い東北道は仕事の後にはやけに眠い ↓



応急処置の本復旧が始まり、深夜にも車線規制で渋滞があった


耐え切れず何度かサービスエリアで仮眠





朝4:00


目覚めると辺りは霧


後2時間、起床チャイムの6時到着予定






……



気合いを入れたはずのこの日、結局雨でした↓


用意された全てのバスが現地視察行きになった


視察とは災害地や今までの活動の場所を視察する


ようするに、あぶれてしまったボランティア達への埋め合わせ


何度か参加した人達に言わせると、ただバスに乗ってるだけと


確かにそうだけど、初めて来た人には違う


俺にしても、一度しっかり見てみたいと思い参加する事にした



隊長達は休みを取り、こんな日とばかりに毎日の疲れを癒す


同じバスの前の席には、よく見るサブリーダー的な人が乗っていた


陸前高田までは1時間20分ぐらい


地震の被害も少ない遠野からの同中
バスの運転手さんの観光案内付き


いつも見ていた景色の中に
ビールのホップ畑や、タバコ畑が多い事に驚いた


どっちもたしなむ俺は、震災直後の東京での混乱を思い出した




先ずは上長部まで


上長部からいつもの帰りなら、そのまま街道に出るが、今日は街道下のトンネルをくぐり海に向かう



最初に見えるのは800㌧のサンマやサケごと流してしまった冷凍倉庫


復興の為に新しい倉庫の建設が始まってる



そのまま港に続く道沿いには、関連の建物が建ち並んでいたであろう基礎だけが残る


潰れたままの建物、修理してる建物

いつ港として機能出来るのか想像もつかない光景だった



港を回りこんでもとの街道に出た



すぐに報道で見た流された橋の跡


隣に出来た仮設の橋


その手前が海沿いに校庭がある中学校


ここに来る度に通っていた道

行った事の無い町で起きた
テレビで見ていた映像

今まさにそこに居る
やっと映像が繋がった


長く居るサブリーダーと遠野育ちの運転手さん

二人の説明に驚かされ気づかされる事ばかり


そして話の中に、親戚や知り合い等の辛い情報もあった



数ヶ月前、ここでとんでもない事が起きた事を改めて思い知った




昼にはボランティアセンターに戻った


今日で最後と学生達と昼飯に出る


ついてに買物にと、ホームセンターに付き合った


俺も気になってた物がある


上長部にある道具


細かな瓦礫拾いに使った熊手
運ぶのに重宝する手み


熊手は数が少なく、手みは破損した物ばかりで


なんとかしたいと思った



遠野に二軒あるホームセンターにはどちらも品薄


一つ二つ買ってもなぁ…



結局購入はあきらめました↓




体育館に戻りしばし仮眠

長距離の運転の前に少しでも休んでおこうと




ガタッ!


少し大きな揺れに目を覚ました


天井の照明が大きく揺れてる


震度3


被害が出るほどの地震ではなかったけど
ここに居合わせた人達の不安が伝わってくる



とにかく戻ろう!



順調に流れた高速


23時過ぎに東京に帰れた


距離の離れた被災地だけどこれならまた行ける


新たな出会いと、想いに満足していた



早かったのでちょっとだけ↑


いつもの飲み屋に一人お疲れさん会に!




『おかえり~!』


『向こうどうだった?』



店のママさんや常連客


居ない間に俺が一人で行ったと話してたみたい



みんなに話しちゃったのはメールの彼女


『今日の地震大丈夫だった?』


たいして揺れてないよと答えたけど


もし、今日の活動が出来ていたら

もし、もう少し揺れが大きかったら


毎日現地ミーティングで隊長が言う

『もし警報が鳴ったら、とにかく高い所へ!』と


俺は今もそんな心配がある場所に居たんだと気づいた



この店では震災以前から、俺がワガママ言って募金箱置いてもらったり、良くしてもらってるし

そんな話の出来る呑み友達もいる



みんなからの質問に夢中で答えてるうちに
すっかりいい時間になっていた…




………



活動の昼休み

こそっと覗いた向日葵畑

先端に膨らみ出した蕾が
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この日の雲は低く今にも降り出しそう!


天気予報は雨



ちょうど足湯で遠野に入ってるお姉さんからメールが届く


『雨ですね↓そちらはどうですか?
雨だと足湯は中止でたぶんバスで現地視察になりそうです』


こっちも同じ
大槌、釜石は早々と中止を決めていた


陸前高田にしても現地で降っていたら、視察になるみたい



朝礼前、隊長に声をかけた

『今日はやっぱりダメですかね?』


『うちはやるよ!時間は短くなるかも知れないけど、こんな日でも足元悪くない場所あるから!
大丈夫!
遠くからはるばる来てくれたボランティアさんなんだからさぁ少しの時間でも活動してもらいますよ!』



天候で空振り


せっかく来たのにと文句を言うボランティアもいる!


仕方ないと、口にはしないが、仕事の隙間に東京から!

がっかりする気持ちは俺も同じ↓


体調や安全だけじゃない
そんなボランティアの気持ちを隊長は解ってくれる




二日の活動に前後一日を移動日に決めていた


明日は帰りの一日


もし、今日活動出来なかったら?


そう思ったら
活動の終り時間、東京までの移動時間、翌日の仕事

移動のバスの中、そんな計算をしていた




今日も班長


うちの班に昨日の学生達3人も列んでいた



作業的にも昨日と変わらない


道を挟んだ反対側



いつもならボランティアにノルマは無いとよく言われるけど


今日やり切りの作業に全員が集中する




隊長の読み通り
2時間の作業に決めたエリアを終らせた


長靴を抜きバスに乗ると一気に雨が降り出した



今日なんとか活動出来たけど、時間の計算のついた明日の活動がしたくなる


でも明後日は仕事

本当にそんな詰めた状態で俺は大丈夫なのか?


東京までは7時間570㌔


どんな計算違いが起きても不思議じゃない


自分が今ここに居て、気持ちが舞い上がってるだけなのか?



こんな時、頭に思い浮かぶ顔があった


今の気持ちをメールで送る


すぐに返信が



『いいと思うよ!後の仕事の都合がつくなら、納得いくまで頑張ってきたら!』


うん!


本当はそんな言葉を誰かに言ってほしかっただけなんだ!




この二日一緒だった学生達と晩飯に出た


遠野の美味いジンギスカンの店だって


この二日は一人でラーメン屋



数日前までは知らない同士

同じ気持ちの仲間が出来、共に過ごす時間が楽しかった…



上長部
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遠野食肉センター
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