6月2日から公開スタート

映画『修羅の華』公式サイト ← クリック

この映画は当然
私も観に行きます
皆さまも是非・・・
‥…━━ *‥…━━ * ‥…━━ * ‥…━━ * ‥…━━ *
アンニョンです(^-^)ノ
ちょっとご無沙汰してます。
映画を観ることはともかく
どうしてもパソコンに向かって文章を書いたりする気持ちが
わいてこないので、休ませてもらってます。
でも、このブログは続けますよ。
やっぱり書いていかないと、ダメでしょ
だから、更新は少なくっても書いていきます・・・よろしく
さて、5月23日、この傑作を観ました




※ 韓国版のポスター、いいですよね




チョコレートドーナツ
原題:Any Day Now
中国語題:爱若此时
韓国語題:초콜렛 도넛
(2012年、アメリカ映画、97分)
監督:トラビス・ファイン
製作:トラビス・ファイン、クリスティン・ホステッター・ファイン、チップ・ホーリハン、リアム・フィン
脚本:トラビス・ファイン、ジョージ・アーサー・ブルーム
撮影:レイチェル・モリソン
編集:トム・クロス
音楽:ジョーイ・ニューマン
音楽監修:PJ・ブルーム
出演:アラン・カミング、ギャレット・ディラハント、アイザック・レイバ、フランシス・フィッシャー、グレッグ・ヘンリー、クリス・マルケイ、ドン・フランクリン、ケリー・ウィリアムズ、ジェイミー・アン・オールマン
配給:ビターズ・エンド

この映画を観た方々のレビューを
少しだけ読ませてもらってましたので
きっと素晴らしい映画に違いないと思ってたんですが
ちょっと気を抜いて観たら、予想をはるかに超える映画でした。
私はこの映画は母が好きな映画だろうと思ったので
それで借りてきて一緒に観てたんですが
もう、観終えたら母も大絶賛だったし
私も胸が詰まって言葉がなかなか出ませんでした。

この映画については、皆さんもそうでしょうけど
もう、私としては当然とゆうか
何てゆうのかな、普段からこの映画と同じような信条で
私も生きてるつもりですので、それを確認するような気分で
観る感じでした。
映画が好きな方々はやっぱり、そう観られるんじゃないでしょうか。
私にはそう思えます。
ただ、インターネットにおける「世論の本音」とやらについては
必ずしもそういった観方と同じではなく
意外なほど、もっと区別、差別、偏見がはびこってると
感じられて、私なんかは気も滅入るんですが
映画ファンはそうじゃないと、この映画を観たあとでは
特に信じていたい。
私はやっぱり『チョコレートドーナツ』が教えてくれる
「Any Day Now」を感じていたいから。
この映画は映画として
審判がハッキリ結論されすぎてるのかもしれない。
映画の結末で起こるある出来事によって
何が正しく、何が間違っていたのかが明確になり
それが現実よりも明確すぎることが映画だなぁ、とも思う。
そのことで
映画を最初から観ている私たちの
この世界がどうあってほしいのかが
最終的に確かになりますから。
私は、正しい根拠があるとしても
どんな子どもでも、生みの母親と引き離すことは
非常に難しい問題だと思う。
だから今も、そのことで、人々が悩んでるんでしょう。
どうすればいいのか、明確に決断できないことで・・・。
映画の中では、観客は明白に
どうあるべきかを決めることができると思う。
この映画では、そう思った時には、すでに遅いことが
悲しいのですが・・・。
しかし、それは映画を観ての気持ちです。
この映画は様々なテーマについて考える作品だけど
そういった言葉の上での思索以上の
何か、非常に強い印象がありました。
それはつまり、「I Shall Be Released」を歌う
ルディ・ドナテロです。

「I Shall Be Released」という歌を初めて聴きました。
いや、もしかしたら、どこかで聴いていたのかもしれないけれど・・・
確かに、どこかで聴いていたかもしれない気もします。
でも、意識して聴いたのは初めてでしょう。
前にも書きました通りに
私はボブ・ディランの音楽をほとんど知りませんし
ザ・バンドについては全曲カヴァーで構成された
1973年のアルバム『Moondog Matinee』しか
聴いたことがありません。
ブロともさんのキャプテンにとって
非常に思い入れの強い音楽なんですが・・・。
そういったことで、『チョコレートドーナツ』を観て
初めて「I Shall Be Released」を聴くことになったんですが
それは最も幸せな出会いだったかもしれません。
その気持ち、映画を観た方にはわかってもらえるでしょ。
それだけ、最も感動的なラスト・シーンでした。

サターナイナスを演じるアラン・カミングも
フループを演じるアラン・カミングも
ナイトクローラーを演じるアラン・カミングも素敵だったけど
ルディ・ドナテロを演じるアラン・カミングは素晴らしかった
いや、ほんと、私は確かにアラン・カミングの映画を
そんなに観てませんが・・・
『チョコレートドーナツ』を観て
初めてアラン・カミングを知ったと思えたほどでしたし
そして一気にファンになったほどでした。
『チョコレートドーナツ』はきっと
現時点でのアラン・カミングの最高傑作でしょう。
もちろん、ポール・フラガーを演じたギャレット・ディラハントや
マルコを演じたアイザック・レイヴァにとっても。
それから、途中からルディたちに協力することになる
弁護士役のドン・フランクリンも最高ですが
マルコの母親を演じたジェイミー・アン・オールマンの演技も
私は好きやなー。
あの、留置場かの面会室のとこでルディと対峙する場面
人柄は違えど、様々な社会の影を経験してきたであろう
二人が向き合い会話する場面、ああゆうのは大好きですわ。
『チョコレートドーナツ』は
映画を観ることが正直、面倒に感じられる今の私にとってさえも
圧倒的な傑作で、最高の映画でした。
まだ、映画をガッツリ観る、って気分にはなかなか
なれませんが・・・でも、観たら観たでやっぱり
映画、凄いです。
もうちょっと映画を観ることを休んでたら
またどんな映画でも全力で楽しめる日々が再開でしょう
そんなんで、まだ、あんまり書かないと思いますし
パソコンを起動させてアメーバにログインするのも
めんどい気分なんですが・・・そう言いつつ
次には韓国映画について書きたいなあ、と思ってたりします。
でわ、でわ・・・今夜もありがとうです


また会いましょう・・・アンニョン~(^.^/)))

STORY ストーリー (公式サイトより)
1979年、カリフォルニア。
ある夜、ポールはシンガーを夢見ながらもダンサーとして働いているルディと出会う。ふたりはすぐに惹かれあい、たちまち恋に落ちた。
「夢はベッド・ミドラーのようなシンガーになること」 「なるべきだ」
「法律を学び世界を変えようとこの街へ来た」 「世界は変えられた?」
ルディが暮らすアパートの隣には、ダウン症の子ども・マルコが住んでいた。ある夜、大音量で音楽をかけっぱなしのままマルコをひとり残し、薬物依存症の母親は男といなくなってしまう。翌朝、ルディが騒音を注意しに乗り込んだ部屋には、ただ小さくうずくまり母親の帰宅を待つマルコがいた。
ルディはポールに助言をもらおうと、ポールが働く検事局に向かう。しかし、ポールからは、「家庭局に連絡してマルコを施設に預けろ」と言い捨てられる。失望したルディがアパートに戻ると、マルコの母親は薬物所持で逮捕されていた。そして、マルコはお気に入りの人形・アシュリーを抱きしめたまま、強制的に施設に連れて行かれてしまう。
翌日、ルディとポールは再会する。昨日の言葉を詫びるポール。お互いが歩んできた人生をそれぞれ打ち明けて、ふたりはさらに深い結びつきを確信する。その帰り道、夜の街をひとり歩くマルコがいた。家に戻ろうと、施設を抜け出していたのだ。「薬物依存の母親もダウン症に生まれたこともマルコのせいじゃない」と憤るルディ。そして、ポールとルディは“いとこ”と関係を偽り、マルコとともに暮らし始める。
「夕食にドーナツなんて体に悪いわ」 「ちょっとなら問題ないよ」
マルコは初めて学校に通い始める。ポールはマルコの宿題を手伝い、ルディは毎朝朝食を作り、眠る前にはハッピーエンドの話を聞かせて眠らせる……。まるで本当の両親のように、ふたりはマルコを愛し、大切に育てた。
「キスは小さな幸運のおまじない。でもね、その小さな幸運が物を言うの」
ルディはポールから贈られたテープレコーダーでデモテープを作る。マルコと送ったそのテープがクラブオーナーの目にとまり、シンガーの夢をつかむ。
3人で暮らし始めて約1年が経ったある日、ポールとルディがゲイのカップルであることが周囲に知られてしまう。ふたりの関係を偽ったことが原因で、マルコは家庭局に連れていかれ、ポールは仕事を解雇されてしまう。
「これは差別なのよ」 「差別じゃない。現実だ」
絶望にくれるふたり。しかし、「今こそ、法律で世界を変えるチャンス」というルディの言葉を聞き、ポールは正義で世界を変えたい、と法を学んでいた時の情熱を取り戻す。そして、差別と偏見で奪われたマルコを取り戻すため裁判に挑むことを決心するのだった――。
ある夜、ポールはシンガーを夢見ながらもダンサーとして働いているルディと出会う。ふたりはすぐに惹かれあい、たちまち恋に落ちた。
「夢はベッド・ミドラーのようなシンガーになること」 「なるべきだ」
「法律を学び世界を変えようとこの街へ来た」 「世界は変えられた?」
ルディが暮らすアパートの隣には、ダウン症の子ども・マルコが住んでいた。ある夜、大音量で音楽をかけっぱなしのままマルコをひとり残し、薬物依存症の母親は男といなくなってしまう。翌朝、ルディが騒音を注意しに乗り込んだ部屋には、ただ小さくうずくまり母親の帰宅を待つマルコがいた。
ルディはポールに助言をもらおうと、ポールが働く検事局に向かう。しかし、ポールからは、「家庭局に連絡してマルコを施設に預けろ」と言い捨てられる。失望したルディがアパートに戻ると、マルコの母親は薬物所持で逮捕されていた。そして、マルコはお気に入りの人形・アシュリーを抱きしめたまま、強制的に施設に連れて行かれてしまう。
翌日、ルディとポールは再会する。昨日の言葉を詫びるポール。お互いが歩んできた人生をそれぞれ打ち明けて、ふたりはさらに深い結びつきを確信する。その帰り道、夜の街をひとり歩くマルコがいた。家に戻ろうと、施設を抜け出していたのだ。「薬物依存の母親もダウン症に生まれたこともマルコのせいじゃない」と憤るルディ。そして、ポールとルディは“いとこ”と関係を偽り、マルコとともに暮らし始める。
「夕食にドーナツなんて体に悪いわ」 「ちょっとなら問題ないよ」
マルコは初めて学校に通い始める。ポールはマルコの宿題を手伝い、ルディは毎朝朝食を作り、眠る前にはハッピーエンドの話を聞かせて眠らせる……。まるで本当の両親のように、ふたりはマルコを愛し、大切に育てた。
「キスは小さな幸運のおまじない。でもね、その小さな幸運が物を言うの」
ルディはポールから贈られたテープレコーダーでデモテープを作る。マルコと送ったそのテープがクラブオーナーの目にとまり、シンガーの夢をつかむ。
3人で暮らし始めて約1年が経ったある日、ポールとルディがゲイのカップルであることが周囲に知られてしまう。ふたりの関係を偽ったことが原因で、マルコは家庭局に連れていかれ、ポールは仕事を解雇されてしまう。
「これは差別なのよ」 「差別じゃない。現実だ」
絶望にくれるふたり。しかし、「今こそ、法律で世界を変えるチャンス」というルディの言葉を聞き、ポールは正義で世界を変えたい、と法を学んでいた時の情熱を取り戻す。そして、差別と偏見で奪われたマルコを取り戻すため裁判に挑むことを決心するのだった――。


