インストールやダウンロードしないとダメなんだ。
そのデータやアプリは持ってないんだ。
だから、ただただ自分勝手な誤解をして、自分勝手に悲劇のヒロインになって、周りと壁を作って空気を凍り付かせて行くんだよね。
グレーな発達障害うっすらまとってる人あるある。
私もそうだった事をすっかり思い出した。
自分と向き合いきれないで生きてきた。
できない自分を認めたくないし、そんな自分が大嫌いだった。
それでも、友人ら周りからよく思われたくて、飲みの誘いは100%断れなかった。
友達なら断れるのにね、でも断れなかった。
断れないことも、疲れているのに誘う相手に原因があるように思ってた。
自分の不幸や思い通りにならない人生は、生まれが複雑だから仕方ないって、周りのせいにしていた。
28歳くらいまでそうだったと思う。
自分が変われば、周りが変わる事に気がつき始めたのは、友達を怒らせてしまった事がきっかけだった。
なぜ友達が怒ったのか理解できず、友達の心が狭いと思って、こっちも怒っていた。
起こっていない方の友達をご飯に誘って、
「なんであんな態度を取ってくるんだろう。感じ悪い。最悪なんだけど💢」
って愚痴った時に、
「あんたさぁ、本当に分かんないの???
あの時さ〜…略〜。」
3回くらい、正直イラッとしながらも私に合わせてくれていた事があった時の、友人ら心の動きと私の振る舞いの自己中さと誠意の無さを説明してくれた。
私は、みんなみたいにそつなく生きられないことが嫌で、バカにされたくない気持ちが強いことから、都合の悪い事なんかは嘘をついていた。
そんなのバレるのに。
で、自己嫌悪に落ち良いって、さらに嘘をついたり、生い立ちや周りの人のせいにして、周りをどこか見下していた。
そういう事から、1番身近な人間関係や家庭環境が思い通りに行かなくなり、またそれを周りのせいにしていた自分に気付かされ、号泣した。
そして、そんな自分を見捨てないでいてくれた周囲の人の優しさと、それに対する申し訳無さに気がつき号泣。
すぐに、怒らせた友人に連絡をして、今まで本当にごめんなさいって謝った。
周りに対する感謝を伝えたり、ごめんなさいって言うことが、私は足りてなかったと思う。
「あんたは良いところいっぱいあるのに、あんたの良いところ全然見えなくなっていただから心配だったしムカついたんだ。
分かってくれて、良かった。
あんたは本当はいい奴だから、勿体無いって思ってたんだよ。」
「ありがとう」って伝える事は、自分に何かしてくれた相手にとって必要な意思表示。
こちらに何かしてくれた相手は、
「大変そうだったから、こっちの勝手で〇〇してあげてしまったけど、困っていた事は軽くなったかな?
助けになってあげられたかな?」
って思って気にしてくれているんだよね。
それに対して、
「気持ちちゃんと届いているよ、助かってるよ。」
を「ありがとう」で伝える事は大事。
自分が何か失敗した時に、言い訳したりクールに振る舞うよりも、ストレートに
「ごめんなさい。」
って、謝罪をしたり、すぐにリカバリーに取り掛かったりするのは、誠意を言葉や態度で見せる事で、こちらが申し訳なく思っていることを分かりやすくする事だから大事。
周りを見下すあまり、変にクールぶって周りに対する意思表示が下手なせいで、人間関係や生活が上手くいかなくなっている事に気づいていない事があるような気がする。
周りのせいではない。
変わるべきは自分だと気付く事ができたら、周りは変わるし生きやすくなるんだって分かってからは、とても幸せになって行った。
今でも勉強中。
人は死ぬまで勉強。そして、どんどん幸せになって行くもんなんだって思う。
そして今、息子にはその情報がいまだにインストールされていない。
誰かが言ってあげないと、分からないんだよな。
やっぱり私か。
怒りん坊だった長男、あの子が怒ると下の子達が萎縮して可哀想だったから、腫れ物に触るように育ててきたかもな。
そのツケだな。