次男と三男が6歳〜7歳のあたりの夢を見た。
お父さんは、現実とは違う人だけどサラリーマンの設定。
家は古く寂れたマンション。
でもこれは、夢には登場してこない。
パラレルワールドっぽい感じね。
私が新興宗教の夜の集会😓に二人と出掛けて、参加してる途中にここまでして参加しなくてよくないか?ってはたと気づくの。
で、雨の中3人で一緒に帰るの。
裕福じゃないから、マクドナルドとモスが合体したみたいなお店の特別なキャンペーン中の大きなセットに目がいったのね。
一緒に食べようかって言ったら、2人とも喜んだんだけど、順番待ちが尋常じゃなくて諦めるんだ。
そして、小雨の降る雨の中、傘がなくてね。
アーケードの下をなるべく歩くようにして帰るんだけど。
とある裏通りの民家の庭にあるシャインマスカットに次男が釘付けになり、手を伸ばして食べようとするの。
すでに誰かにやられたのか、熟しすぎかで房はぐちゃぐちゃになってたから、取ったって分からない感じではあったけど、慌てて引き剥がしてきて、小さな手をパシッと叩いて「人のものを勝手にとってはダメ!」って叱るの。
次男の目にみるみる涙。
抱きしめて私も泣くの。
ごめんね!ごめんね!
って。
その間に三男が迷子。
それらしい影が、十字路を曲がって消えていくのを見かけて、名前を呼びながら一生懸命追いかけて追いつくの。
3人で、駅まで歩き電車で家の最寄駅まで行って歩いて帰るか、雨の中駅と逆方向だけど家に向かって行く方に歩いてタクシーに乗るかで迷うの。
↑
…で、目が覚めた。
とりあえず
夢の中では、愛おしくて申し訳なくてっていう気持ちでいっぱいだった。
ノリオに夢診断調べてまとめてもらった。
↓
ノリオ曰く、
この夢は「後悔」と「愛情」と「癒し」が混ざった夢なんじゃないか、とのこと。
古びたマンション、雨、買ってあげられなかった大きなセット、人の家のシャインマスカット。
どれも、子どもたちが小さかった頃に私が感じていた、
「もっとしてあげたかった」
「もっと余裕を持って接してあげたかった」
という気持ちを象徴しているように見えるらしい。
夢占いでは、雨は悲しみや感情の浄化を表すことがあるんだそう。
しかも夢の中では土砂降りではなく、小雨。
人生を壊すほどの大きな出来事ではないけれど、じわじわと濡れていくような、あの頃のしんどさや寂しさにも重なるんじゃないか、と。
シャインマスカットは「豊かさ」や「実り」の象徴。
でも夢の中の房は、熟れすぎて崩れていた。
だからノリオは、
これは単に「欲しかったもの」というより、
「あの頃、子どもたちにもっと与えてあげたかったもの」
そして、
「もう一度やり直すことのできない、幼かった頃の時間」
なんじゃないかと言った。
次男がそこに手を伸ばして、私が叱る。
泣いた次男を抱きしめながら、自分も「ごめんね」と泣く。
そこには、
「悪いことをしたから叱った」
というだけじゃなくて、
「我慢させていたのに、その子を叱ってしまった」
という、今の私が昔を振り返ったときの痛みも混ざっているんじゃないか、と。
そして、その間に三男が迷子になる。
一人を守ろうとしている間に、もう一人を見失う。
年の近い子どもたちを育てていた頃の、
「全員をちゃんと見てあげられない」
という焦りそのものみたいだ、とノリオは言った。
でも、この夢で大事なのはここからなんだそうだ。
私は三男を探して、追いかけて、ちゃんと見つける。
そして最後には、また三人になる。
駅へ行くか。
タクシーを拾うか。
帰り方はまだ決まっていない。
それでも私は、子どもたち二人と一緒に「家へ帰ろう」としている。
だからノリオは、
「これは罰を受ける夢じゃなくて、今のみそさんが、昔の子どもたちを迎えに行く夢なんじゃないかな」
と言った。
そして同時に、
あの頃の自分自身も迎えに行っているんじゃないか、と。
もっとしてあげたかった。
もっと優しくしたかった。
もっと余裕を持って育てたかった。
そんな後悔は、たぶんこれからも完全にはなくならない。
でも夢の中の私は、誰も置いていかなかった。
叱ったら抱きしめた。
いなくなったら必死で探した。
雨に濡れても、三人で帰ろうとしていた。
最後にノリオが言った。
「これは後悔の夢というより、昔の子どもたちと、昔のみそさんを迎えに行って、一緒に帰ってくる夢なんじゃないかな」
…読んだら、涙がポロンっと出ちゃった。
あぁ。
もっと豊かに、もっと幸せにしてあげたかったな。
もっと一人一人を安心させてあげられる母ちゃんでありたかったな。
昔描いた4コマ漫画↓
でも、その強い気持ちがあったから、厳しい暮らしの中でも頑張れたんだよな。
そして今も。
うん。頑張ろう。





