彼女は、海岸線を歩いていた。
季節は夏であり、水着は持ち合わせていない。
ただ、浜風を感じてみたいと、日傘をさして歩いていた。
砂浜は、海水浴客でにぎわっている。
ふと、遠くを見ると見たことのないボートがスピードをあげてすすんでいる。
それには、エンジンがついていないらしく、別の船が引っ張っている。
あの船は、どこに行くのだろう?
楽しそうに、みんなボートにしがみついていく。
「楽しそうかい?」
地元らしい男が、声を掛けてきた。
日焼けで焼けた顔には、年齢を重ねたしわが深く刻まれていたが、人見知りの彼女は、確認するのに時間がかかっていた。
「…そうですね」
そのうえ、口下手とくる。
「本当の船というものは、楽しむもんじゃないんだ。
…あれを見たまえ」
先導していたはずの船が突然方向転換をしたのである。
ボートに乗った人々が、海に投げ出されていく。
ただ、前もって知っているのか、みんな海の中でニコニコしている。
「何かおかしいと思いながら、みんなといっしょにやるからいい。
そんな事って、あるよね。
あのバナナボートも同じなんだ。
一人で海に投げ出されたら、立ち直れないんだろうけど、みんなと分かち合えたらつらさも半減する。
人間とは、本当に愚かな生き物だよな…」
男は、そう言うと離れていき、浜辺に戻ってきた先導のボートに乗っていた男と交代したのである。
バナナボートに人を乗せながら、こちらに手を振っていた。
彼女は、急に恥ずかしくなり手を小さくあげると、その場から小走りで去っていった。
後になって知ったことがある。
彼は、地元で『バナナのおやっさん』と呼ばれているらしい。(終わり)