カエサル日記京都編 -24ページ目

曹髦


今日本中でゲームや漫画の影響で大人気の三国志つまり三国時代。

この時代で最も僕が気になる人物がこの題名の魏第四代皇帝曹髦です。


曹髦が即位した頃魏の国では、司馬家の一族が勢力を伸ばしていました。

249年の司馬懿のクーデターにより曹爽一派が掃滅されて以来、魏の国では司馬家の権威が明らかに皇帝家曹氏を凌駕していました。


司馬家の専横は、帝の地位を欲しいままにするほどで、曹髦の先帝曹芳も司馬氏の思惑で廃位されてしまいました。

曹髦は即位当初から傀儡皇帝であり、年々地歩を固める司馬師、司馬昭兄弟のうちどちらかに帝の位を禅譲するための皇帝であると見られていました。


曹髦が司馬昭を晉公に奉じ、九しゃくを与える詔勅を出しましたが、司馬昭は形式上固待していました。

そして、明くる年も司馬昭が、また同じく晉公の地位と九しゃくを与える詔勅を出すように曹髦に要求しました。


これに対し、曹髦は反発をし、決起を決意します。

決意にあたり曹髦は、側近の王沈や王業たちにその決意を伝えるが、彼等は帝に従うよりも司馬氏に通報してしまいました。

これがきっかけで帝曹髦は手勢とともに宮中で決起し、司馬氏追討を宣言しました。

はじめは、司馬袖(袖はイ偏)が鎮圧に向かいますが、将兵ともに帝の曹髦に手をかけることをためらい逃亡してしまいます。
代わりに賈充が帝曹髦の軍勢の鎮圧にのりだしました。

賈充が戸惑う兵士にいうことには、君達を養っているのは、このような事態のためである。と扇動し、帝曹髦の手勢と戦わせました。


そして、賈充の部隊の一人の成済が帝曹髦に近すぎ、帝である曹髦を刺し殺しました。

司馬昭は、帝殺しの汚名を被ることになってしまいました。
司馬氏の面目は丸つぶれとなり、禅譲を待つ司馬一族の乗っ取りを少し遅らせた事件となってしまいました。

さて、この傀儡でありながら見事曹家の面目を守るため、抵抗した勇気あるこの皇帝曹髦についてここから紹介します。

魏の第四代皇帝曹髦字は彦士は、魏初代皇帝曹丕の孫で、曹操の曾孫です。

244年に高貴郷公に任じられます。

弱年の頃から学問好きで、英明ぶりはよく知られていました。

先帝曹芳を廃位したときに司馬師は曹処を四代皇帝に即位させようとしたものの、皇太后を始め曹髦を推す声が高いため曹髦が四代皇帝として即位しました。

司馬師がある人物に曹髦の評判を聞くと、才能は曹植に、武勇は曹操に似ていると曹家の者として素晴らしい高い評価を聞きました。

評判の高い皇帝曹髦ですが、政治軍事の実権は司馬師と司馬昭兄弟が握っていて、曹髦は司馬家につけられた者らの側近として学問に励む日常をおくっていました。

学友たちとの議論の中で、創業と中興はどちらが偉大だろうか?という話題となった時に、漢の高祖劉邦が偉大であり、創業こそ偉大と論じる中、曹髦ただ一人夏王朝の中興者の小康を例に挙げて、創業も中興も等しく偉大であると主張しました。

この発言は、魏王朝の中興を果たすという曹髦の願いがこめられた言葉でした。


しかし、司馬師や司馬昭も曹髦に隙を見せず、母丘倹や諸葛誕らの反乱を鎮圧し、司馬家の権勢を盤石なものとしていきました。

曹髦の中興の志は果たされることはなく、司馬氏に勝算がない戦いをする決断までに追いつめられていきました。


武勇は曹操に似ていると評された曹髦の意地を見せたかったのかもしれない。


しかし、この負けるとわかっていても司馬一族に刃向かった勇気あるこの曹髦は、生まれた時代が悪かったと思います。
平安の時代に生まれれば素晴らしい皇帝であったと思います。

この点についてはビザンツ帝国最後の皇帝コンスタンティヌス11世の面影がうかびます。

悲劇の皇帝として、曹髦とコンスタンティヌス11世が思いうかびますし、惜しい人材であり時代が悪かったといつも思ってなりません。


この皇帝弑逆事件は三国時代だけでなく世界史的に重要な事件だと僕は思います。

皆様はいかがですか?

奨学金制度の活動

久しぶりに更新します。

四日間広島青少年文化センターの奨学金制度の活動に行きました。


前にも書いたようにサッカーの試合の手伝いなどをしました。

あと、ちょっとした通訳もさせられました。大変でしたよ。
とにかく疲れました。けど楽しかったです。

最終日には厳島神社に行きました。

一人でゆっくり周りたかったなぁと思いました。カエサル日記2~ガリア戦記-100111_0938~01.JPG

厳島神社から広島市内に帰り昼食を頂いて解散しました。


広島市内のバスセンターに歩いて向かいました。

しかし、帰りのバスに間に合わなかったので、次の便の1時間待ちの間に近くの広島城に行きました。

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広島城天守閣内では三百円の入場料をとられましたが、なかなか展示物が楽しめました。

日清戦争と広島城という展示会もあり、日清戦争時日本の首都となった広島のことがよくわかりました。


これは最上階から見た眺めです。
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あまり綺麗にとれてないです。


最後に売店でこのクリアーファイルを書いました。

カエサル日記2~ガリア戦記-100113_1825~01.JPG
とても僕らしいクリアーファイルです。
この四日間疲れましたが、とても充実した四日間でした。
オシマイ( ̄▽ ̄)。

大富豪の結果


先程まで二時間くらい大富豪をしました。
大富豪はトランプ遊びで結構大人数でできますよ。


大富豪の僕の結果です。
大富豪一回
都落ち→大貧民一回貧民一回
富豪二回
以上のような結果になりました。

都落ちつらいですよね~。

トランプをきるのが大変でした。

結構楽しめました。

明日の夜は将棋をやりたいなぁ。